さよならコミュニケーション

‪絶対的真理かのように説教くさく撒き散らされる「話し合えばわかる」「ちゃんとコミュニケーション取らなきゃ」みたいな言説‬は、なんて軽薄なのでしょう。

あなたそれ、本当に考えて言ってますか。この世の中、手垢のついた文句ばかり右から左に流している人ばかり。だって、そう言うあなたは、何をコミュニケーションで解決しましたか。別に完全無欠であることなんて求めてませんよフェアじゃないから。だけど、それにしたって、コミュニケーションで何が分かったと言うのでしょう。人は孤独で、人生は空しいということがわかるんじゃないんですか、もしちゃんとコミュニケーションしたら? それがわかってないなんて、本当に本当にコミュニケーションしようとしたことありますか?

百歩譲って、コミュニケーションが取れればうまくいくと仮定しましょう。そんなにいいものなのに、なぜみんなしないのでしょう。崩壊家族も職場対立も国際紛争も話し合えば解決するのに、みんなしてない。だから、話し合うようにしようね。そうしたら改善するよ。ねえ、舐めすぎではないですか。そこにはできないわけがあるでしょう。ただコミュニケーションしましょうなんて言ったってなんにも解決しない。そんなこともわからずに紋切り型の文句を投げるだけなんて、本当にコミュニケーションですか? 相手のこと考えてますか? むしろ、そういうコミュニケーション信奉者の有り様こそ、人と人とは通じ合えないことを例証しているように思えてなりません。コミュニケーションは、共同幻想に過ぎないのではないですか。すでに同じことを考えている人たち同士が、そのことを確認する儀式にすぎないのではないですか。それはたとえ表面的な属性が違う人々の間であっても、予定調和であり、同質性の産物です。

ここに二つのオルゴールがあって、タイミングが一致することで一つの旋律を作り上げています。まるで協力協調しているかのように。――私たちがコミュニケーションだと思う物は、こういう作り物に過ぎないのです。街で店に入れば、店員があたかも非常に親密な間柄かのように接してくれる。「あなたのために」個人的にもてなしてしてくれている様子を模擬している。でも、期待された枠組みを外れて個人的関係を求めたら、きょとんとしながら「お客様、」と言われてしまうでしょう。私たちはそういう、虚構としての親密さのなかで振る舞うことにすっかり慣れてしまいました。何が起こるか予測できない個人商店からはなんとなく足が遠のくようになってしまいました。心が通うことよりも、心が通ったかのような錯覚を安全に得られる方を好んでいるのです。人間と人間が二つのオルゴールのように振舞って、コミュニケーションの虚構を作り出しています。

個人的な関係での「コミュニケーション」だって、けっきょくは予定調和の虚構に過ぎません。友人、恋人、家族、そのうちに本当に通じ合っている人たちがどれだけいるでしょうか。人間関係だって、数えるほどしかない台本を繰り返し繰り返し再生しているだけに過ぎないのです。簡単に関係性を名前でくくれること、あるいはそれらと大差ないものをわざわざ「名前のつけられない曖昧な関係性」なんて称して高尚ぶる人たちがいること。どちらも、人間関係に台本があることをあたりまえと見なしているゆえのことです。

石の永遠・命の永遠

以前、恩師の恩師に一回だけ出会ったことがある。話してみると、まったく同じではないけれど、恩師の教えの原型があった。感動してしまった。だって、そこに命の連続性を見たから。そうやって人と人は間接的にもつながっていけるという希望を得たから。わたしは、わざわざ恩師の恩師に出会わなくても、恩師を通して、とっくに出会っていたのだ。たとえ顔も名前も知らなくても、だれかの命を受け取って、わたしたちは生きているのだ。


私たちは、「永遠」であることに価値を見出す。だから、石を積み上げ、粘土板に文字を刻み、金を買い集める。墓碑銘に刻まれる肩書と言葉のために骨を折る。けれどそれは、石の永遠だ。命は、そうやって永遠を得ることはできない。Shelleyのソネットが唄っている。

Ozymandias - Wikipedia

And on the pedestal these words appear: 'My name is Ozymandias, king of kings: Look on my works, ye Mighty, and despair!' Nothing beside remains. Round the decay Of that colossal wreck, boundless and bare The lone and level sands stretch far away.

今日何をしようと、今日は昨日になり、おとといになり、どんどん過去に流れていく。100年前、いや10年前のものですら、この変化の速い時代にはあっけなく消え去ってしまう。時間軸にある固定の点を定めて、それを残そうとすることが、どんなに空しいことか。石ですら、けっきょく永遠にはとどかないのに。

人の関係性も、感情も、また永遠ではない。「出会いは別れのはじまり」と言うとおり、人と出会えば、いつか別れるときが来る。そもそも、万物は流転する。だから、無形有形を問わず、「それそのものがそこにある期間」だけに価値を求め、永続性をよしとするのは、やはり石の永遠に陥る。そうじゃなくて、もう会うことがなくなっても、どこかでずっと影響を受けているような、そういう出会いをしたことはないだろうか。そこにこそ連続性がある。そして連続性こそが、命の永遠。そもそも、私たちの身体ですら、構成する細胞はどんどん入れ替わっていって、かつてのあなたといまのあなたが物質的に共有するものは存在しないのだから。

生きることは漸化式だ。昨日が今日を作り、今日が明日を作り、明日は明後日を作る。それだけで十分。三日もすれば今日何をしたかは忘れてしまうけど、それでも時間はつながっている。間接的に、三日後だって今日のおかげで存在する。二ヶ月後だって、十年後だってそう。あなたが死んだあとだって、あなたのことをだれも覚えていなくても、間接的には、あなたは影響を及ぼしている。その影響がよいものであるように努力できるのは、いま生きている間だけだけれど。

民間試験&記述式が導入されちゃえばよかったのに

べつにそうすることがベターな入試を実現するなんて思っちゃいません。五十歩百歩とは思っていますけど。

論争に関わっている人たちがみな、すべてを学校のカリキュラムと入試制度でどうにかしようとしすぎているのです。学校教育(塾・予備校を含めた全体)が人生の四分の一くらいを支配することに疑問を持たず、むしろ半ば崇拝していることにめまいがします。

もはや古典と言うべき『脱学校の社会』(イヴァン・イリッチ)を紐解いてみましょう。イリッチは、学校教育が制度として押し付けられることで、学びの二分化をもたらすと批判しています。学校で教師から教わるのがだけ正当な学びであり、それ以外の学びに意味を認めない社会になる。人々がそれぞれの方法で自ら、あるいは協力して学ぶことを阻む。そうして人々の自由に学び、それを活かして働く機会を奪う。病院が制度として普及されることによって病気を医者によらずに自分で治そうとすることが無責任とみなされることと似ている。そのような官僚的制度で社会全体が「学校化」されていると述べます。さらにそのことが必然的に格差の再生産を繰り返し、持てるものを富ませ、持たざるものをさらに追い詰めるシステムとして機能すると。

この指摘を入試の文脈にあてはめて考えてみましょう。たしかに代わりとなるベターな入試制度やカリキュラムを編み出すことはむずかしいでしょう。きっとそんなものはありません。そうではなくて、人々が教育制度・入試制度を信奉していることが問題なのです。結果、入試が国民的お祭り騒ぎになり、高校生、あるいは中学生や小学生までもが多大な時間を受験勉強に捧げ、大学名ばかりが異常なブランド力を持っている。これらはどれほど有害なことでしょうか。そして、今回の入試改革が白紙撤回されたことを喜んでいる人たちのどれほどが、これらに問題意識を持っているのでしょう。端的に、受験という現象が巨大なmadnessであり、そもそも学校教育というミームが猛威をふるっていることが異常なのです。イリッチが「学校は近代化された無産階級の宗教」と述べているのはきわめて当を得ています。

実際、高校生にとって受験は服役みたいなものにちがいありません。話してみると、どんなに独創的でおもしろく有意義な活動をしている高校生も、「来年は受験だから……」とか言いながらやりたいことができないことを当たり前のように受け入れています。それは児童労働と同じくらい不正義ではないのでしょうか。韓国籍の友人が「来年から兵役だ……」と嘆くとき、ああ陸続きで紛争を抱えている国は大変だな、かわいそう、早く平和になって兵役が廃止されたらいいのにね1、と思うのですが、それと同じように理不尽に思わないでしょうか? あるいは電車の中で見かける「アフリカのかわいそうな子どもたちは毎日川から水を汲んでくる重労働に時間を取られています」というのと同じくらい「かわいそう」じゃないでしょうか?

また、大学生になってからも、受験という儀式がすっかり意識に内在化されて、自由を奪われているのも見て取れます。ちょっとしたことをいろいろな大学の学生に教える機会が以前ありました。そのとき、「滑り止め」的な立場の大学の学生が抱えている「どうせ自分なんかががんばっても◯◯大の頭のいい人たちにかなうわけない」という学習性無力感の根深さに驚かされずにはいられませんでした。「名門大学」の学生が屈託なくのびのびと挑戦できることとはっきりしたコントラストをなしていました。できるかどうかなんてやってみなきゃわからないのに、はなからがんばる気力を失ってしまっているのです。そうやって数多の若者たちに敗者のレッテルを貼る制度が社会のためになるとは思えません。

この点はイリッチが問題視していることの一つと大きく重なります。それは、学校教育(ここでは受験の枠組みに乗っかることも含めて考えます)が広まり、押し付けられるにつれて、そこにアクセスできる層だけでなく、アクセスできない層にすら「本当は学校に行かなければならない、そうしていない自分たちは劣っている。」という意識を植え付けてしまうというものです。この文脈は現代日本にはそのまま当てはまりません。とはいえ、一応就学はしていて、高校に行き、なんなら大学にも行く層であっても、「ちゃんと」教育・受験の枠組みに乗れていない人々が多数いることもまた事実であり、実質的に同じような構図をなしているのではないでしょうか。教育・受験の枠組みはそれらの人々にたいした便益を提供できないわりに、落伍者の意識だけはしっかりと植え付けます。むしろ受験という勝敗をはっきりわけ、敗者は得るもののない仕組みが強大に君臨することは、イリッチが観察対象にしていた社会よりなお悪いと言えるのではないでしょうか2

だから、入試や学校教育の権威は失墜するべきなのです。少なくともちょっとくらいは。教師の権威はすっかり色あせたのに、顔のないシステムが猛威を振るうことは止む気配がありません。だから、今回批判されまくっている制度に変わってしまえば、「入試なんて信用できないし、それを当てにしたカリキュラムをする学校教育なんてさして意味がない」というふうに、ちょっとでも権威が揺らいでくれることを期待したのです。残念ながらそうはなりませんでしたが。これは、いかに国民が教育への信仰を持っているか、それによる序列が崩されることを忌避しているかの反映でしかないのではないでしょうか。けっきょく、どんな入試制度も恣意的なのに3

昨年4月の上野千鶴子のスピーチは格差、特に「恵まれていること」とそれへの無自覚がポイントでした。現状の制度の中でアクセシビリティを担保することはもちろん重要ですが、けっきょく、強力な学校教育制度から脱線してはならず、そのまま単一指標で測られる「いい大学」に行くことがゴールであるという枠を維持する限り、どうやっても格差が教育によって再生産されることは変わりません。もしあのスピーチの趣旨に賛成するなら、どうしてだれも(民間試験が費用がかかるうんぬんの細かいことより)もっと根本的な問題に目を向けないのでしょう。

教育に関する議論は、だれも距離を取ることができないから、すれ違ってしまいがちです。日本に現在生きていて、この問題を遠くから眺められる人などいないでしょう。だから、群盲象を評すごとく、的はずれな議論ばかりになってしまいます。この記事だって間違いなくその一部。古代人、未来人、宇宙人の三人がこの様子を見て話し合えば、きっとお互いに議論が噛み合うことでしょう。だけどいまここに生きている私たちだけには、それが見えない。それほどに人々の人生を飲み込んでしまう装置であるという意味で、この入試・学校教育のすべてがmadnessだと言っているのです。それをちょっとでも壊してくれるかなと期待したのですが、だめでした。

極論でしかないことはわかっています。単にふたつの制度で比べるなら現状維持のほうがいいでしょう。それでも、このまま社会の狂気が続いていくことを、よしとすることはできません。ゆとり教育といい、今回の改革といい、趣旨としては科挙の試験のような序列と、そのための教育を改める試みであって、まっとうな理念を持っていたはずなのに、どうしてこうもゆがんでしまったのでしょう。でもそもそもゆがんでしまったかどうかに関係なく、推進派と同じくらい、反対派も結論先行で反対していた(叩くとホコリが思ったより出てきたので、まともな反対理由が結果的には付いた)ように感じられてなりません。


  1. もちろん、そうなった経緯には日本が関係するわけで、こう他人事のように思うわけにはいかないですが、ここでは関係ないこととさせてください。

  2. とはいえなんだかんだ言ってもイリッチの議論が当てはまるのはやはり部分的で、まるまる受け入れるのは無理筋です。また当てはまるかどうか以前にもさまざまな議論があるところでしょう。本記事ではあくまで部分的に援用するだけにとどめます。

  3. たとえば英語を試すことがそもそも公平でしょうか? どこで生まれ、どこで育ったかという出自によって大きく差が出てしまうのはいいのですか? なんならエスペラントとかにしたほうがいいのではないですか? もっと言えば、入試一年前くらいに毎年新しいパズルを発表して、それをヨーイドンで練習したら余計な差がつかないのではないですか? でもそれだって、今度はそんなことに時間を割ける環境とそうでない環境があるでしょうね。逆に実際に将来役に立てることを重視するなら、中高生のうちに留学経験でも積んでいることを評価できるようにしたらいいんじゃないでしょうか(ふたたび同じ例になりますが、韓国にはこの風潮が以前からあるように感じられます。日本経済が縮小する中で、経済規模が小さいため海外に活路を求めなければならない立場を以前から経験していた韓国を日本も後追いすることになるのだと思います。)。あるいはそもそも日本の大学が沈んでいって、今後は大学からは中国に行くのがふつう、とかなるとしたらどうするべきなんでしょうか。ここで細かい議論をしたいわけではありません。いずれにせよ、さまざまなトレードオフがあり、どうやっても欠点があることは明らかなのに、あたかも公明正大な最適解であり若者にベストな未来をもたらすものかのように現状の入試を持ち上げるのはナンセンスです。

ゆるすこと

私の長年の友人であり、一番の理解者であるあなたへ。

それなりの年数を生きているうちにたくさんの人と出会ってきても、掛け値なしに、あなたほど気が合う人はいないと思っています。そんなあなたに仲良く接してもらえていることを非常にうれしく思います。

だけどいまだに、あなたを恨み、できることなら仕返しをしたい気持ちが心に泡立ちます。思い出話に花を咲かせながら、この汚泥のような感情をあなたに投げつけたい衝動をどうにか抑え込んでいました。あるいは抑え込めてなくて、表情に漏れていたかもしれません。

かつて、あなたは私の敵でした。7年前の今日、あなたから届いた一通のメールがいまでも残っています。真っ正面から心を切り裂く内容でした。ありがちな人間関係のこじれと言ってしまえばそれまでとはいえ、いま読もうとしても、拒絶の刃の冷たさが心臓から広がっていくのを感じて、最後まで目を通すことができません。血の気が引くという慣用句が比喩的な意味だけにとどまらないことを知ったのは、このときでした。一連の記憶は曖昧模糊としていて、どこまでが実際に起こったことで、どこからが私の頭の中でつなぎ合わせたストーリーなのか判然としません。記憶があらかた消え去ったあとに、形のない痛みと恨みだけが残りました。経緯については当時の日記に記述があるものの、これも直視できません。掘り起こそうとするといまだに涙が溢れそうになるのです。あのころの私は、どうやって堪えることができたのでしょうか。あのころ、明日を迎えないで済む方法を考えなかったのが不思議なくらいです。

わかっています、きっと私も悪かったのだろうし、あるいはむしろ私のほうが悪かったのかもしれないってこと。お互い未熟で、必死で、悪意はなくて、ただ弱かっただけだということ。そんな昔のことをいまだに引きずっているなんて馬鹿げているってことも。だから、どっちが悪かったとか関係なく、実際何があったかも関係なく、もはやすべては過去でしかなくてどうでもいいはずなのです。なのに、あなたにひどく傷つけられたというこの感情は心の底で焦げ付いて、どんなに合理的な理屈でも振り払えなくなってしまいました。これまで感情に振り回される人々に冷ややかな目を向けていた私の無知を恥ずかしく思います。

でも、あなたのことが好きです。あのころから、心のでこぼこしたところによく気づいてくれる人だと知っていました。表面的にはあんまり似ていないけど、心の奥のほうがよく似ている同士だと思っています。一応の仲直りをして友人づきあいを再開してから、細く長く、ずっと頼れる人でした。実質知り合ってから一年未満しか同じ場所で過ごしてないのに、その後に関係性が深まっていくのは、なんて幸運なことでしょう。あなたに相談したことはそんなに多くはないけれど、人に悩みを打ち明けることがほとんどない私にとっては、どんなに貴重な支えだったことでしょう。願わくば、あなたにとっても、私の存在が意味のあるものであってほしいです。よかったら、これからもずっと友達でいたいです。

でも、あなたのことが嫌いです。プラスマイナスで差し引きできる問題ではないのです。あなたとの記憶は、いまだに私の心に空洞を残しています。あなたと出会い直せたらと、何度願ったことでしょう。いっそなかったことにしたいあのころの記憶が、あなたと私を結ぶただ一本の線だなんて、認めたくありません。なにもお互いにしんどかったあの一年に出会わなくてよかったのに。前にもこんなことを言ったかもしれません。そしてやさしいあなたは謝ってくれたのかもしれません。あるいは私からも、もうあのころのことはあのころのことだね、とか言ったかもしれません。それでもなお水に流せていない私がいます。たとえあなたがもう十回謝ってくれたとしたって、きっとなにも変わらないことでしょう。

だれかに親しみ好きである気持ちは、その人への敵意と共存できてしまうなんて、知りませんでした。いっそ、相反するものであればどんなに楽だったでしょう。「好意の反対は無関心」という使い古された台詞の本当の意味がはじめてわかった気がします。好きかつ嫌いであることはできても、好きかつ無関心であることはできませんから。「ゆるす」というのは、そもそも好きと嫌いが共存しないと成立しない概念なのかもしれません。それは、単に憎しみを取り去るという意味ではなくて、愛を憎しみとの終わりなき戦争から解放してやるという意味なのだと思います。

ゆるすことがこんなに難しいなんて、知りませんでした。もしかしたら、何十年経っても私はこの憎しみから抜け出せないのでしょうか。醜い感情は、時間が洗い流してくれるどころか、心の暗がりで朽ちていくうちに、よけいに拭い去りがたいものになっていくようです。表面的にゆるしたことにして握手するのも簡単ではないですが、だれかを本当にゆるし和解することは、なおさら難しいのですね。

そして、人をゆるせないことは、己をいつまでも苦しめ罰を受け続けることであると知りました。ただ私が過去から自由になればおしまいなのに、それができない。だから、私のことを一番理解してくれる人に、本心を隠して、苦しさを抱えながら接さなければなりません。さよならしてしまうにはあまりに大切すぎるあなたに、無邪気に接することができません。

あなたの心に、この一連のできごとは、こんな私の姿は、どう映っているのでしょうか。あなたが勧めてくれた『氷点』を最近読みました。罪と赦しが主題であるこの小説を私に勧めたのには、どんな意図があったのでしょうか。あなたにも、どうしてもゆるせないことがあるのですか。あなたはどうやって、過去にいつまでも執着する私をゆるしてくれたのですか。私があなたをゆるせる日は、来るのでしょうか。

選択肢がこわい

物件情報サイトを開く。あれこれの条件で絞ってもまだまだたくさんの物件が表示されて、写真、間取り、立地などの情報をスクロールしていく。どこに住もうかなあと想像を巡らす。選択肢にあふれている。そしてそれぞれの選択肢は、きっと人生で見る景色をずいぶん大きく変えてしまう。いつも乗り降りする駅、いつもの階段、いつもの路地裏の野良猫、いつものスーパーの半額時間帯、ぜんぶ、変わってしまう。

そういう選択肢がこわい。あまりにたくさんあって、どこかにする必然性は見いだせなくて、だけどその結果は重大な選択肢。一番いい物件を選んだつもりでも、本当にそれが一番かは蓋を開けてみないとわからない。それに、ひょっとしたらあと一ページ次まで見たら、もっといい部屋が眠っているかもしれない。あるいは来月見たらまた違うかもしれない、もしかしたら先月にすでに最高の物件は消えてしまったかもしれない。冬場の空調の効き方のむら、水道の蛇口の流量、近所にある定食屋さんの味噌汁の味付けと米の炊き加減。とても挙げきれないくらい膨大な日々の感覚、思考、経験を左右する選択肢なのに、調べ尽くすことなどできるわけもなくて、えいやと選ぶしかない。

もちろん、住めば都とはよく行ったもので、いったん住んでしまえばその街を開拓したり部屋を快適にしたりして、あったかもしれない選択肢のことはあまり頭に浮かばなくなる。でもときどき、何かを逃しているんじゃないか、ここよりいい選択肢があったんじゃないかという疑念が帰ってくる。

必然性が足らない。いや、人生に必然なことなどあっただろうか。陳腐な問いだ。そして同様に陳腐な答えは、必然など死以外にはなくて、それ以外は一定の水準の面倒くささを閾値として必然だと思いこんでいるだけということだ。

あるいは、使ったことはないけれど、就活サイトや結婚相談所も似たようなものだと思う。なんならより一層、人間の生活そのものを記号に縮約して交換可能な価値に還元している。取り替えられるはずのないものが、市場の論理に変換されて、取り替えられるようになっている。そして同時に、そうしたサービスを使うわたしも、取り替えられる存在になっている。それでいて、そういうサービスは、新しい故郷を、運命の相手を、やりがいのある天職を紹介してくれるかのような夢を見せ、もっともっと深入りさせようとしてくる。ほんとうは、使えば使うほど、必然性の幻想は破壊されていき、すべてが「これでなくてもいい」ことが明らかにされるだけなのに。

人生の裏街道

過去、あのとき、人生に大きな分かれ道があったと思うんです。だいたい20年くらい前かな。あのとき、違う道をたどっていたら、いまごろどうしていたんだろう、そんな考えにずっと付きまとわれて生きてきたんです。人生の裏街道、"wrong side of my life"を生きている。きっと表街道はもっと明るくて、広くて、にぎやかで、輝かしい人生が待っていたんじゃないか。そんな空想が頭をよぎります。あなたもそういうことを思ったことはありませんか。どこかに別の道があったはずだって。この人生はそこから先すべて間違っているのではないかって。

だからうれしいことも悲しいことも、ぜんぶ過去の注釈としての人生を生きてきてしまったんです。「ああだったから、こう」あるいは「ああだったけど、こう」の人生。それでもけっこうがんばってきたんです。あるいは周りにとても恵まれていたのかもしれません。いずれにせよ、かつては想像できなかったほどいろんなことをできているし、いろんな出会いもあったし、糧になる経験も得られたし、人生をちょっとずつでも前に進んでいるようには思います。だけどがんばった分だけ、空想上の「表街道の人生」も一層輝かしいものになっていって、けっして追いつくことはないことに気づいてしまいました。だってそれは蜃気楼でしかないのですから。つねに、今ここで生きている人生よりもう一段階二段階充実したものを考えてしまいます。

あくまでこれは裏街道だから、自分の人生はすでに失敗しているから、たとえどんなにうまくいくことがあっても、それははかない栄光でしかないのだとずっと思ってきました。やがてはまた暗がりに沈んでいくんじゃないかって、これは偽りの成功なのではないかって。だから同じ場所に属する人々に対しても、どこか距離を感じて、あの人たちは本当にここにいていい人たちだけど、自分は身分を偽って潜り込んでいるだけだとみなしていました。

わかっています。そうやってすべてを過去で定義しようとする、過去を出発点とする因果関係で説明しようとする引力に抗わなくてはいけません。未来には新しい日々が待っていて、それはいまの自分しだいで切り開いていけるものなのでしょう。過去の影響があることと、過去によって決まっていることはまったくちがうともわかっています。だけど、どんなに過去を振り切ろうともがいても、それによって未来がいかに変わろうとも、けっきょく自分も周囲もすべては過去の産物ではないかという意識に囚われています。

変化

変化という言葉がこれほど肯定的な意味で使われる時代がかつてあっただろうか。猫も杓子も変化変化。政治スローガンが変化に関するものばかりなのは言うに及ばず、仕事も生活もすべてが変化を謳う文句に溢れ、人々がみな変化を志向して生きている。社会を、生活を、そして自らを変化させようとしている。こんなに時の流れが速い時代だからしょうがないことだ、と受け入れるのは簡単かもしれない。

でも、変わることはそんなに良いことだっただろうか。変化を求めることはそれまでの否定だ。しかり、社会にはたくさんの問題がある。だからそれは変えたほうがいい。だけど私たちは変化中毒になってしまっている。新鮮なものはとりあえず肯定的に感じて、ひとときは満足して、でもじきにやっぱり粗が見えてくる。そこでどういうわけか「変化ってそんなにいいものじゃないな。不満があっても必ずしも変えたらよくなるわけじゃない」と考えるのではなくて、「変化が足りない。もっと変化をよこせ! 変化さえあれば幸せは約束されているんだ!」と叫んでいるように思えてならない。それを中毒と言わずしてなんと呼ぶだろうか。

とりわけ、外の世界の何かを変化させようとするのではなくて、自らを変えなければならないという半ば強迫的な欲求に囚われてしまうことがしばしばないだろうか。私はよくそうなる。そうやって自らを変化させようとすることは、現在までの自らそのものの否定であるから、ひときわ弊害が大きい。変化を肯定するからには「その変化を生み出す主体たる自分」を肯定できなければならないのに、その変化に肯定的な意味を持たせるためには「変化が作用する対象である自分」を否定しなければならない。

たとえば、あまり好きでもないことを勉強しなきゃと自分を駆り立てることができるためには、「自分はダメだ、勉強しない限り未来は開けていない」と信じると同時に、「そんな自分が勉強するという行為一つをすればどういうわけか明るい未来が約束されている」と思えなければならない。身体的にもまだまだ発達の途上にある子どもなら、変化することがすなわち生きることそのものだから、過去や現状の否定をしながら未来を肯定して生きる「矛盾」はそれほど問題にならないのかもしれない。けれど、どうやら一応形ばかり大人になって、どうやらもうあまり成長しないらしい私やあなたにとって、生きることはもはや本質的に変化をすることではなく、維持することでしかなくなってしまった。10年後の自分が劇的に変化していて、いまの自分には想像もできないようなことをしていると期待することは、もうあまりないだろう。そんな夢を見ても悲しくなるだけだと知ってしまったから。

そういう矛盾を抱えて、変化しなきゃという焦燥感が募るばかりの人生を生きている人が、けっこうな数いるように思う。けれど否定と肯定の自己矛盾をうまいこと消化してやることができなければ、健全に変化していくことはできない。ひとつには、過度な自己否定によって無力感、他者への責任転嫁や破壊的な衝動性に陥ることがある。これはいわゆる「真面目系クズ」みたいな言葉で示される対象といくらかオーバーラップしているかもしれない。もう一つには、変化の原動力となる否定の力が足りず、薄っぺらい変革ごっこを内輪でやって褒め合う末路もあるだろう。社会運動に傾倒しているようでいて、他人の言葉を借りてなんとなく満足しているだけの人々、あるいは起業というキーワードがよく出てくるけど結局何をしているのかよくわからないようないわゆる「意識だけ高い系」界隈がその例になるだろうか。

いずれにしても、こういうものにはまり込んでしまいやすいのはちょうどもう子どもではなくなってしまったくらいの「若者」世代であることが多い。あるいはそのままずるずると歳を重ねて行った層も含まれる。いままで自分が自然と成長していくこと、人生がその先に自動的に進んで、可能性が開けていくこと、それが当たり前だった。そういう人たちは、たぶん私も含めて、人生の離陸上昇から、次にやってくる水平飛行への移行に失敗してしまった。水平飛行しながらなおも高度を上げていくには、離陸上昇の続きをしようとするのではうまくいかない。そう気づく必要があったのだなと思い至る。

ほんとうは、変化を求めずに生きていけたら幸せなんだと思う。明日が昨日と同じでありますように。何も変わってしまいませんように。だけどもうきっと手遅れで、私たちは、私たちの社会は、いつの間にか自動スクロールのステージのように動き出してしまった。だから変化し続けなくてはならない。そのためには、自己否定と自己肯定をバランスする曲芸が必要だ。それはサーカスでボールの上に乗って、バランスを取りながら足元でボールを転がして進んでいく曲芸と同じだ。立っていることを崩さないことが必要であるのと同時に、前に進むためにはあえてバランスをずらさなくてはならない。私たちは、いつまで転ばずに曲芸を続けていけるだろうか。