潮時を見極めること、逃げないこと

「潮時」という言葉1が好きだ。それは自然とやってきて、また去っていくもの。

人生において、日々の生活において、潮時を意識しようと心がけています。みんなと一緒にいても、どこかのタイミングでさよならしなくてはいけない。それは何年かを過ごした場所やコミュニティに別れを告げるときもそうだし、飲み会みたいなものに参加したときどのタイミングで抜けるかを考えるときも同じ。ずるずるといつまでもとどまるのはよくないことが多いから、たとえみんなが動かなくても、自分だけ先に去るべきときがある。たぶん、それはけっこう頻繁にある。なぜなら人はそういう決断がなかなかできないからだ。だらだら二次会三次会と参加して、そのまま終電を逃してカラオケで朝まで、みたいのは典型的な無駄な時間の使い方だ。潮時はもっと前にあったはずだ。

答えなくてはいけないのは、「この場にもう一時間、一ヶ月、一年残ることによる効用は、いかほどのものだろうか? それによって自分がどのくらい成長できるだろうか?」という問い。こういうとき、居心地がいいとついつい長居してしまう。ちやほやされる場所、仲間がいる場所。ぬくい場所。そういう場所を、それでもあえて捨てなくてはいけない。未知の荒野に踏み出さなければならない。振り返っている場合ではない。

でも逆に、あまりころころ場所を変えるばかりでもいけない。それは逃げだからだ。これはとある競技をしていて思ったことだ。何かに取り組むとき、特に何らかのスキルを身につけようとしているとき、中途半端にかじって、その先が大切なところなのにフォロースルーをしないで満足してしまう人が多すぎる。他の人がしばしば一年や二年やったら満足することでも、もっと長くやったほうがいいこともある。その先の地平にはじめて見えてくるものがある。たしかに将来そのスキルそのものは使わないかもしれない。でも、真剣に取り組んで何かを身に付ける経験はきっと無駄にならない。

やめてしまうのが早い人を見ると残念な気持ちになる。「そんなにガチ勢じゃないから」とか「ほかにやりたいことがあって、それと両立したい」とか言って、けっきょくフェードアウトしていく。まあ、それはその人の判断なのでとやかく言うことはない。その人の人生なりに優先順位があるのでしょう。実際、別のことに取り組んで結果を残している人は純粋に尊敬する。でも見ていて思うのは、そういう言葉はしばしば逃げだということだ。本気で取り組んだら、自分の限界を見てしまうから。本気で取り組んだら、結果に言い訳できないから。だから本気を出さないことにして自尊心が傷つかないように守っている。そうやって痛みのない世界、ぬるくてやさしい世界に逃げている。それでいいのか?

けっきょく、大切なのは「人脈」とかではない。表面的に仲良いふりをしていても、そんなものはなんの役に立つか? 無駄にいろんなイベント、コミュニティに顔を出して、けっきょく自分の売りにできる強みがなかったら、よくて便利屋さんにしかなれない。若いうちはそれでもちやほやしてもらえるけれど、10年後にはどうなるか?

だから、潮が満ちるのを待たなくてはいけない。本当に満ちるまで、食い下がらなければいけない。プライドを砕かれても、傷だらけになっても。結果を出せず、スポットライトを浴びることができなくても。先輩にはかなわず、同期には差をつけられ、後輩には追いぬかれ、もう居場所がないように感じながら、それでも血まみれになりながら食らいつき続けるしつこさを持たなくてはならない。戦い続けないと、強くなれないのだから。

潮時を見極める目を持ちなさい。いつまでもずるずると快適なところにとどまらない。そしてつらいからといって早く逃げ出さない。居心地のよさに惑わされず、弱さにも負けずに。


  1. 厳密なことをいうと、「潮時」というのはなにかにちょうどいいタイミングのことであって、「そろそろ潮時だね」というフレーズで意味するような「やめどき」の意味では本来はないらしいが、けっきょく「やめるのにちょうどいいタイミング」という意味で使うのであれば両者の意味が重なるところだから問題ないと考える。この文章ではそういう意味で使っている。それに、誤用警察の言うことはそこまで気にするつもりはない。

痴漢されること

もうずいぶん前の話だ。私は痴漢された。あのとき、私は18歳だった。先に書いたように、学校にもずっと行ってなかった。友達も誰一人いなくて、そもそも人との関わりをほとんど持っていなかった時期だ。ただこのころにはわりとふつうに話せるようにはなっていた。

その日は夏の暑い日だったように思う。そのころ自転車を乗り回して一人で出かけることをよくしていて、その日もそうだった。昼頃だったか、暑くて、空腹にもなり、水分と糖分を補給しようとコンビニに立ち寄った。周囲は住宅地だったが、都市部ではなくて多少郊外だったから、駐車場の広いコンビニだった。その片隅で補給をすませ、しかし暑くて出発するまでもう少し休憩していたとき、一人の男が近づいてきた。

年齢とか雰囲気とかはよくわからなかった。40代から50代程度のそのへんに転がっていそうなおっさん、というところだろうか。他に特徴はなかった。

だいぶ前のことだから、なんと言って話しかけてきたのかは覚えていない。ただ、話しかけて来るときやたらと距離が近かったことははっきり覚えている。あまりに近いものだから私が後ずさりしてしまって、でも向こうはまた近づいて来るものだから最終的には何歩も位置が下がっていたくらいだ。

そして妙に卑猥な話をしてきた。内容は覚えているがしょうもないことなのでここで文字に刻むことはしない。私はそういう会話を文字通りまったくしたことがなかったからひたすら戸惑った。概念としては理解していたし、ネットで文字情報としては入ってきていた(そういう絵とかは見なかったし、そういうサイトには一切アクセスしなかったから、普通の掲示板にスパム的に貼られるやつとか、会話の節々に出て来る情報に限られたが)ので言っていることはわかったが、しかし一体全体どうしてこの男が私の前に現れてそういう会話をしているかはまったくわからなかった。

この時点で、本当に私は何もわかっていなかった。あまりに免疫がなくて、そういう下心で持って人が話しかけて来るということに及びもつかず、ただ赤面しながら相槌を打つだけだった。

そのうち、順番は忘れたが男が私の上に着ていたジャージのファスナーを降ろそうとしてきた。今度は私の股間に手を伸ばして触れてきた。まったく意味がわからなかった。ここに至っても、何一つ警戒心のようなものはなかった。ただ、何も理解しないまま、あまりにパーソナルスペースに近いから無意識に後ずさりをしていただけだった。

他人が自分に性欲を向けているということは完全に発想にないことだった。自分の性欲すら(この歳にしては奇妙なことだと思うが)よくわかっていないくらいだった。純粋を通り越していた。

けっきょく、このあたりまでで済んだのは単純に私が時間を気にしたからだ。まだ道のりは長く、ここでたぶん一時間くらいいたのだと思うが、もう出発したかった。それで出発するとき、よくわからないことに向こうは握手を求めてきて、それに快く応じるくらいには、事態が飲み込めていなかった。

気づいたのは出発した後だった。5分も走るうちに、ここまでのすべてがつながった。私は痴漢されたのだ。いっぺんに恐怖に震え上がった。振り向いたが追ってきてはいなかった。そんなの当たり前だが、そのときはずっと追跡されて捕まえられて車に放り込まれて拘束されてしまうのではないかと本気で思った。

さすがに距離があくうちにもうついてきていることはないと思ったが、今度は帰り道に待ち伏せされているのではないかと思った。帰り道では大きな川を渡らなくてはいけないから、そこでさっきの男からの情報で人身売買をする組織にでも張り込みされるのではないかと、どこまでも真剣に思った。それで警戒しながら橋を渡って、その後わざわざぐるぐると細い道を使って遠回りをして追っ手が来ていても撒けるように工夫したほどだった。

これで何が起こったかの話はおしまいだ。けれど、この後すぐに思ったことが一つと、振り返ってみて思うことが一つある。

すぐに思ったのは、「自分が気持ち悪い」ということだ。痴漢されて汚されたとかではない。けっきょく、わずかしか触られてもいないから、その意味では気にならなかった。そうではなくて、あの男の気持ち悪さが自分の中にもあるのかと思ったことでどうしようもなく汚い存在であるように思うようになった。あの男が私にしたように性欲を投射することを、私は女性に対してしてしまうのだろうと思うと、もうそんな器官は切除して中性的な存在になりたいくらいだった。あの男よりタチが悪いではないか、だって女性との間では体格とか力に差があるのだから。いきなり自分がゴキブリになったような気分だった、と言うとゴキブリに失礼なくらいだ。こういう自らの男性性への罪悪感みたいなものは未だに抱えている。

もう一つ、振り返ってみてわかることは、自らの性的側面に無自覚だと誰かが侵襲的な気持ち悪い行為をしてきてもそのことに気づけないのだということだ。少女・少年の性犯罪被害者とか、(その一種ではあるが)親族からの性的虐待を受けた児童が被害を受けた当時は十分に理解できず、後々になってから苦しむのはこういうことかと少しだけわかった気がした。人にもよるが、中学生高校生くらいでも自分と他者の性を認識するのが遅い純朴な子どもたちがいる。そういう子どもたちがさまざまな形で搾取される構造がどういうことなのか、部分的にせよ自分と重ね合わせられる気がする。あるいは大学生くらいになってもそういう事柄に疎い若者がいいように遊ばれて傷つくのも、類似の事例なのだろう。

痴漢関係の話題はネットの言論がもっとも不毛な場所の一つだ。だからこれでもって何かを言おうとは思わないけれど、せめてここに私の経験を書き記しておくことにする。

バカって言うやつがバカ

他人がバカだと思ったら、あなたがバカなのです。他人の置かれた状況、持っている情報、その他もろもろの条件が異なるのに、なぜあなたと同じ思考で同じ結論に至り、同じ行動を取らないことをバカだと思うのか。その想像力の欠如がバカなのです。

他人がつまらないと思ったら、あなたもつまらないのです。その人はつまらないかもしれないけど、あなたもつまらない。相手が自分の食いつける話題を提示してくれないのはわかったけど、あなただって相手が食いつける話題を提示できてない。それって同類じゃないですかね。お似合いですよ。あるいは、相手のほうが本当につまらないかもしれない。でもまた別の人、もっとおもしろい人から見たら、あなたはやっぱりつまらない人に過ぎないのです。話題の引き出しが少ないし、気の利いたことも言えない人。他人をつまらないといって裁いたら、次はあなたが裁かれる番。

他人がめんどくさいと思ったら、あなたも同じくらいめんどくさい。生きていたら、だれしもめんどくさくなるときはあるのだから、受け入れなさい。なんたって死者ですらときどきめんどくさいくらいなのです。それなのにいちいちぶつぶつ文句を言うあなたがめんどくさいことに気づきなさい。文句を言わなくても不機嫌になるなら、それでも十分にめんどくさいことに気づきなさい。

他人が差別的だと思ったら、あなたもきっと同じくらい差別的だということに気づきなさい。いま話題にしている特定の事柄では相手のほうが差別的かもしれないけど、あなたもきっとほかの事柄では差別的なのですよ。自分が安全圏にいると思うのはやめなさい。差別を叩いているつもりで、あなたこそ思いっきり差別してるかもしれないし、そうだとしてもあなたはそれに気づけない。聞く耳を持ちなさい。自分が絶対的正義を持っていると思うのはやめなさい。お互いに、学んでいこうじゃないですか。

他人が過ちを犯していると思ったら、あなたも過ちからは逃れられないことに気づきなさい。しょせん、あなたもわたしも人間なのです。思い上がってはいけません。

他人の行いに問題があると思ったら、それがあなたに何の関係があるかを考えなさい。そのせいであなたがよい人間であれなくなるのですか? そうだとしても、それはあなたの問題ではないのですか? あなたの心持ちが、あなたを害しているだけです。他人があなたを害しているわけではありません。あなたに関係のないことにとらわれて、心を乱して、いったい何がしたいのでしょう。他人のことは放っておきなさい。もしそれでも関わりたいなら、相手をよくするために関わりなさい。腹を立てることは、その役には立ちません。

それでもだれかが自分を害していると思ったら、それに怒って何の役に立つのかを考えなさい。そうすれば問題が解決するのですか? 怨嗟を撒き散らして、関係ない人まで巻き込んで、どうしたいのですか? あなたの感情はあなたの持ち物です。あなたはあなたの感情の持ち物ではありません。淡々と対応しなさい。離れる必要があるなら離れなさい。でも、あなたの大切な感情まで相手に売り渡す必要はないのです。

だれかが自分を益してくれたら、素直によろこびましょう。勘ぐるのは後でいいのです。相手にどんな意図があろうと、あなたが与えられたことに違いはありません。生きていればプラスもマイナスもあるのです。なのになんで、後でマイナスがあるかもしれないからといってプラスの出来事に対してまで心をマイナスにするのでしょう。そうするなら、ちゃんとマイナスの出来事に対しては心をプラスにしてますか? マイナスに振り切れたらあとは上がるしかないから、喜びの極致にありますか? そんなことないですよね? そういうのをダブルスタンダードって言うのですよ。

だれかが自分を助けてくれたら、素直に助けられなさい。与えられることを拒んではいけません。それはあなたが半人前だという意味ではなく、あなたを一人前以上にしてくれるための助けなのです。あなたは感謝して、もっと先に進めばいいのです。

だれかに恩恵を受けたら、そのことで罪悪感を感じる必要はありません。その人に返す必要なんてないからです。また別の人に恩を送っていけばいいのです。そうすればあなたの元に借りは残りません。そうやって世界は回っていくのです。恩という貨幣がたくさん流通するほど、みんな豊かになるのです。経済学の基本でしょう?

だれかががんばっているなと思ったら、あなたも同じくらいがんばっているのです。その人は見えるところでも、見えないところでもがんばっているけど、あなただって同じようにがんばっている。その人をたたえて、自分もたたえなさい。

だれかが尊敬できる人だと思ったら、自分も同じくらい尊敬できる人であると自信を持ちなさい。他人を尊敬できる心は、謙虚に学ぶことができる。他人を尊敬できる心は、ねたまない。他人を尊敬できる心は美しい。そんなあなたは尊敬に値する。

だれかを愛せるなら、あなたは愛されることもできる。信じなさい、あなたは愛される資格がある。だれも、そうじゃないとあなたに告げることはできない。あなたは、愛されない関係に甘んじる必要はない。あなたは、ここにいていい。

大学院生の独り言

学部生だったころ、きみと一緒に学食でカレーを食べた。カレー300円にするか、カツカレー400円にするか、よく迷ったものだ。ついでにサラダをつけるかどうかも、また迷ったものだった。そしてテーブルを囲んで、どうでもいい話をよくしたものだった。ときには将来についても話した。あのころは、いま思い返すと笑ってしまうほど純粋で、世間知らずだった。いや、私は今でも世間知らずなのだろうけど。

あれから何年も過ぎた。私は大学院に進学したけれど、きみは就職した。私はまだ成果を出せずにもがいているけど、きみはもう社会人になって何年か経って、少し大変な仕事を任されたり、転勤したり、後輩を指導していたりするようだね。どんな苦労があるのかは知らない。でもきみがSNSにアップロードする写真は、いつの間にか夜景が見えるレストランでのコース料理になった。誰と行ったのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。いくらしたのだろう。そっちのほうが気になる。ぜったいに聞かないけど。聞いたって、どうせ自分に払える金額でないことくらい、わかっているから。

私はまだ同じキャンパスにいて、同じ食堂で、あのころと同じ席に座って、今日も300円のカレーを食べる。いや、ここは奮発してカツカレーにして、ついでにサラダもつけてしまおうかな。ああ、なんて贅沢しているのだろう。

ただ、一緒にテーブルを囲んでくれるきみがいないのがさびしい。いや、そうでもないかもしれない。もう、きみとは同じ景色を見ていないから。あんなに仲よかったのに、もう知らない人みたいに感じるようになってきた。たまに会っても、きみがする会社の話はたいしておもしろくないし、きみも私の研究の話には興味がなさそうだ。きみは大学院生は授業を受けてあとは遊んでればいいものだと思ってる。そうじゃないんだけど、ぜんぜんわかってない人に説明するのは大変だからあえてしようとは思わない。人生は夕焼け空に見上げる飛行機雲みたいなものなんだろう。どこかで交わることがあっても、またすぐに離れていってしまう。そして二度目に交わることはない。

一期一会という言葉は、先人の知恵なのかもしれない。サン・テグジュペリが書いたように、距離とか、別離の概念は、交通手段が発達するとともに変容した1。そして通信手段の発達によってもはやその意味をなさなくなったように思っていた。でも、時の流れが人を変えることは普遍的事実だ。離れてしまってもなまじつながってしまっているからこそ、むしろ残酷なほど、その変化を見せつけられることになる。

きみがどこかで元気にやっていてくれることを願う。わたしの大学院生活は、まだまだ長い。


  1. サン・テグジュペリ『人間の土地』

「日本すごい」は自己成就予言である

スーパーで、150円のスペイン産のニンニクと、300円の国産のニンニクが売っていた。前者は貧相な見た目をしていた。後者は丸々と太っていて、いかにもおいしそうだった。私は自分の貧乏生活を呪いながら、国産ニンニクに恨めしい目を向けつつ、スペインからやって来たニンニクを手に取った。

しかし、なぜこうじゃなきゃいけないのだろう? どうして、スペイン産の高級なニンニクはないのだろう? どうして、国産の廉価なニンニクはないのだろう? これがりんごとかなら日本で品種改良されていたりするしまだわかる。でも、ニンニクなんて日本よりもスペインの方が本場1に近いのではないか? 日本の人件費が高いから国産のはどうしても高価になってしまい、それゆえ高付加価値商品でしか勝負できないのか? しかし、たしかにスペインはEUの中で経済的に成功しているかというと微妙ではあるにせよ、日本だってこんなに長く経済が停滞しているのだし、輸入のコストだってあるわけだし、国産が必然的に高価になる理由は見出せない。そしてこういう構図はいつも同じではないか。食品にせよ、電気製品にせよ、だいたいにおいて「国産は高級」という扱いになっている。例外は西ヨーロッパを中心にしたごく限られたブランドを確立している自動車、時計、鞄くらいではないだろうか。

そして気づいた2。日本国内市場での「国産:高級、輸入品:割安」という構図は、「日本人がまさにそう信じている」というただ一点の理由によって維持されているのだ。つまり、「日本すごい」は自己成就予言であり、「日本人が『日本すごい』と思いこみ続ける限りにおいて日本はすごいし、すごくあり続ける」ということだ。正確にいうと日本人には日本がすごく見える、ということだが。

その理由は、国産であること、単にそれだけの事実によって消費者が高級な商品、付加価値を持つ商品であるとみなすことによって、企業は国産の商品の値段を吊り上げるインセンティブを持つからだ。価格を抑えるとかえってイメージを毀損するし、高くてもどうせ買うなら、そりゃあ値段を高くするだろう。もう少していねいに言うと、輸入品との競争において、低価格帯で勝負すると高級なイメージを活かせない、安さしか求めない消費者が多い価格帯になってしまうから相対的に不利であり、高価格帯で勝負するほうにシフトしていくのだ。他方、輸入品は高付加価値志向の消費者を対象とした価格帯ではたとえ品質がよくてもイメージの時点で不利になってしまうから、イメージがそれほど重要ではない低価格帯で勝負しようとする。

結果として、市場には高級な国産品と廉価な輸入品が出回ることになり、消費者が持っていたイメージはさらに強化される。この繰り返しには終わりがない。「日本すごい」はだれのプロパガンダでもないのだ。そういう広告戦略は企業が純粋に利潤を追求した結果だ。イメージで売る高付加価値商品は国産のものが多くなっていて、そういう商品を売るためには広告を打つから、結果として広告は日本すごい、だからこの商品すごい、というものになる。比較して中国すごいとかベトナムすごいとか言うインセンティブはないに等しい。低価格帯の商品は広告するよりもちょっとでも安いほうが売れるからだ。

だから、すでにちまたにあふれている日本すごい言説はこれからも強化され続けるだろう。でも、日本人がそんな夢想にひたっているあいだにも、他国は着実に技術を伸ばし、経済発展を続ける。いつ、膨らみすぎた日本すごい幻想がはじけるのだろうか。そのときが、日本社会の潮目となるのかもしれない3


  1. ニンニクの本場がどこなのかは知らないけど。

  2. きっとどこかで誰かがすでに同じことを書いていそうな気がするが、そういうものを見たわけじゃなく純粋にひらめいたので調べずに書く。

  3. そのとき、日本人は一気に外に目を向けるのかもしれない。本格的に内資の大企業が見放され、国内の教育の価値が下がり、猫も杓子も英語や中国語に走り、留学しようとする。これはある意味で韓国の現状に似ていたりする。自国の経済の小ささ、脆弱さをわかっているから、あんなにも外に出て行こうとするのだ。だから、20年くらいしたら海外の大学に日本人もたくさんいるようになっているのではないかなと思ったりする。極端に走りすぎることは健全なこととは思わないけど、今の日本人はさすがにのほほんとしすぎだろうと思ったりする。 たとえ若者であっても国が傾くかもしれないとかの危機感は薄くて、優秀な層であっても優秀であるからこそこのまま大企業で勝ち逃げできるだろうと思っているふしがあるように見える。ただ、「日本最低海外最高」出羽守をしたいわけではないことははっきりさせておく。けっきょく、どの国にしたって何があるかわからないのだ。その程度の意味で、世界のどこか違う場所に行っても生き延びられるようにしておくことは大切だと思う。

よき隣人であること:寮生活で学んだこと

大学生時代に寮で暮らしていたことがある。汚い寮だったけど、それも含めて今ではいい思い出だ。

「寮で出会った人がいまでは一番仲のよい友達」みたいな言葉をよく聞く。その人にとっては本当にそうなのだろう。でも、自分には違った。寮生活というのは根本的に「最高の仲間」的な人間関係を作るものではないと思った。それは、お互いの汚いところを見ざるを得ない関係。たしかにしばしば寮を出た後に続く貴重な関係ではあるけれど、続くことは重要ではない。寮に住まなくても、その人とならきっと長続きする関係になっていたかもしれないし。

そうではなくて、寮を出たらもう会わないでいようと思う人とも、一緒に暮らしていかなければならないことにこそ、寮生活の特別な価値がある。折り合いをつけること、ときに折り合いをつけきれないこと、そのなかでなんとか破綻させずやっていく経験をすること。うまくいっただけの寮生活だったら、別にしなくてもよかった。うまくいかないばかりではさすがに辛いけど、ある程度は摩擦があって、自分の生活の仕方が唯一のものではないと認識しないといけない。

共に暮らす理由は、その人たちと暮らすことが楽しいから? いい人たちだから? そうすることが自分の得になるから? だいたいのときはそういう心構えでよい。実際、楽しいから。でも、ときには嫌いになることもあるし、楽しくないときもあるし、無駄だと感じることもある。いい人を愛するのは簡単、人のよい面と付き合うのは簡単。でも、いい人じゃなくても、人の悪い面が出てきてしまっても、それでもどうにかやっていくしかないのが寮生活。共に暮らす理由は、共に暮らしたいからではない。ただ、共に暮らさなければならないから。それはお世辞にもキラキラした日々ではない。そういう非現実的な美辞麗句がいかに虚飾にまみれているかを知る日々。生きること、そのむき出しの生臭さにむせる日々。

生きていればときには騒がしくもするし、散らかすし、迷惑をかける。そういう面に目を向けずに、きれいな面だけを強調することは欺瞞でしかない。家族のもとですらそうだったはずなのに、どうして他人はきれいなものだという望みのない期待をかけ、その期待が外れて勝手にがっかりするのかな。ばかじゃないの。

けっきょく、これは寮だけじゃない。自分の好きなように生きる環境をコントロールしたい人間は、人間として生きるのに向いていない。同棲や結婚したらけんかばかり。友達と仲違いしたらさようなら。SNSに合わない人がいるならブロック。知らない人とは関わらない。自分の生活を独裁したいという欲望にとらわれ、そうする権利があると思い込んでいる。寛容で多様な社会を支持するとか口では言いながら、自分の私的生活では排外主義者。NIMBY。自分と他人の国境線に壁を建設したがっていて、しかもその建設費は社会が払ってくれると信じてやまない。ちがう。ぜんぜんちがう。生きるということは必然的に影響を及ぼし、及ぼされること。相手がときに嫌なやつであり、自分もときに同じくらい嫌なやつであること。それでも一緒に生きること。そこに選択肢はない。自分の家族だって、自分の子どもだって、自分の望むように振舞ってはくれない。いわんや他人をや。ファッション寛容主義なら捨ててしまえ。どうせきみはすぐに排外的になる。

だから若いときに他人と影響を及ぼしあって、どこが限界かがわかって、そのときようやく他者との共存に必要な線が見えてくる。寝起きのけだるさ、疲れて帰ってきた夕方、試験勉強に追われる夜、あるいはゲームに興じる夜。そんな生活の場を共有すること。そこで楽しい時もつらい時も共有すること、そして時には共有できないこと。自分がまだ試験があるのに、もう休みになって浮かれているやつらにいらつくこと。春が訪れ、夏が来て、秋が過ぎ去り、冬に包まれる。流れる月日を共に経験することは、紆余曲折を経ること。うまくいくときと、うまくいかないときを味わうこと。そうやって、人は作られる。

そして学べるでしょう。自分の長所と短所が。自分の生活スタイルが。そして友達になれる人間と、一緒に住める人間はちがうってことが。いい友達になれても、一緒に住むのは無理だったり、こいつとは友達でもなんでもないけど、でも一緒に住む関係にはなれたりする。恋人と結婚相手はちがうというのと一緒かもしれない。結婚したことないからわからないけれど。

だからいっぺん寮生活は経験すべきものだと思う。アパートみたいのじゃなくて、生活を共有する寮生活。べつにそんなにうまくできなくてもいい。「汝の隣人を愛しなさい」とキリストが言ったのは、きっとそれがひどくむずかしくて、みんなできないから。

私は学校に行かなかった

私の一人暮らしのアパートは、小学校のすぐ裏にある。朝になると、子どもたちのはしゃぎ回る声が聞こえる。おはようございますと挨拶しているのは、校門に先生が立っているからなのだろうか。しばらくすると、校長が何かマイクでしゃべり始める。よく聞き取れないが、どんなことを話しているのだろうか。そしてときには児童が司会を務めて行事をしている。先日は、クラスの七夕のお願いを発表するという趣旨だったようだ。司会の児童の進行に従って、クラスの代表らしき児童が一人ずつマイクを持ち、お願いを読み上げる。聞こえてくる。「みんな」、「一緒に」、「なかよく」、「友達」、そんな言葉を並べ立てたお願いが響き渡る。ある児童は元気よく、ある児童は少し緊張しているのが声でわかる。ああ、学校だ。聞いていると、胃袋に手を突っ込まれてかき回されているような気持ち悪さを覚えてくる。

私は学校に行かなかった。

もう少し正確に言えば、小学校一年生の途中で行かなくなった。あるいは、行けなくなった。それから、大学より前の段階で、世間的に見てふつうの学校で教育を受けることは二度となかった。不登校の児童・生徒のための支援施設なども、そんなに行ったわけではなかった。特に学校に行かなくなってからの10年間くらいは、精神を病んで人としゃべることができなかったから。そこからどうにか抜け出すまでに、世の中の人が学校教育を受ける期間はもう終わっていた。

いじめられたとか、そういうことではなかった気がするけど、学校は嫌いだ。もう記憶がほとんどない。たぶん最初はそんなに嫌いじゃなかった。でも、行かなくなってから、どんどん学校が嫌いになった。怖くなった。あるいはもともと心から好きではなかったのかもしれない。そして、そもそも好きになれるような存在ではないのだと思う。

この世の中で、刑務所が好きって人はどのくらいいるのだろうか。そもそも刑務所なんて入ったことがないから立場を定めようがないかもしれない。でも、知らなくたって好きじゃないでしょう。あるいは入ったことがある人で好きだって人はいるのだろうか。たぶん、少ない。

なのになんで、だいたいの人々は学校のことが大好きなのだろう。教えてほしい。刑務所とどう違うのか。私は刑務所も知らないし、学校も知らないから。どうしてあなたは、そんなに嬉々として小学校の記憶を語れるのですか。私には本当にわからない。いや、わかる気もする。きっと、私も学校に行っていたら、学校大好き人間になっていたのだろう。そんな自分は想像したくもない。

世の中の人は、学校が人を作ると思っている節がある。ヒトを、人に変える場所だと思っている。学校に行かなければ、ケダモノの仲間でしかなくて、理性を行使できず、社会で共生できないと思っている。学校に行っていない者に向けられる目は、脱獄者に向けられる目と同じだ。どちらも、社会で暮らすための「矯正」を受けていないから。学齢期の子どもの身で平日の昼間に外を歩くと、あんなにも居心地が悪いことも納得がいく。なんたってあのバツの悪さと不安感は脱獄者が感じるそれと同じなのだから。学校に行かなかった私は、「人」であれないのだろうか。くだらない。

この十字架は、学齢期を過ぎても下ろすことができない。口が裂けても「日光に行ったことない」とか言えない。だって「修学旅行で行かなかったの?」って怪訝そうに問われるのが目に見えているから。そう、修学旅行。私は一回も経験したことのないもの。会話がそういう話題になったときの私の戦慄は、誰にもわかってもらえない。「どこ行ったの?」って聞かれたときのために、広島の観光スポットをわざわざ調べておいて架空の修学旅行をでっち上げた私の気持ちは、誰にもわかってもらえない。すぐに他の人が「私も広島行った!」と割り込んできて会話を持って行ってくれたときの安堵感も、誰も気づいてくれるわけもない。そして彼/彼女が「それで広島行ったときにね、……」と思い出話を始めたとき、その人はうそのストーリーを作る苦労もなく、本当の思い出を持っていることを自分と対比したとき、あまりにみじめで涙を流しそうになる。トイレにいく振りをして席を離れたとき、ただのたわいもない思い出話が、私の心の中をそんなにもつめたくしたことなんて誰も察してくれるはずもない。

そうやって、日常会話が自分にとって地雷原なことに、もはや慣れ始めてしまった。運動会の話、給食の話、教科書の話、制服の話、部活の話、先生の話、クラスメイトの話、初恋の話、放課後の遊びの話、家で遊んだゲームの話、その頃流行った漫画やアニメの話。ぜんぶ、ぜんぶ地雷だ。人と話していても、テレビを見ていても、本を読んでいても、しょっちゅう踏み抜いて心で血を流して、でも何事もなかった振りをすることに慣れてきてしまった。

……いや、そうでもないかもしれない。そろそろ勘弁してほしい。ちょっと、つらくなってきてしまった。海外にでも、逃げ出そうかな。