だから、優しいあなたはモテないのです

ネットの世界では「優しいのにモテない人間(たいてい男性)」が大きな存在を見せている。日本には限らず、"nice guys finish last"みたいなことを言うし、わりと広く見られる言説なのだろう。散々語られていることではあるが、あえて書いてみることにする。

誰にでも優しいから

優しいあなたは、たいがい誰にでも優しい。結論から言おう。あなたがモテないのは、そのせいだ。これはごく単純なインセンティブの論理から導かれる。

あなたは誰にでも優しい人間だ。無私の精神で、自分のことは後回し。しんどくてもそのことをおくびにも出さず、人を助ける。相手が嫌なやつであっても、人を分け隔てするのは非道徳的だと思っているから、求められれば助けてしまう。そもそも断れない性格だ。あるいは、そうやって人から頼られることに自分の存在意義を感じている。

だからあなたは不満に思っている。そんな聖人のようなあなたを差し置いて、いけ好かないあいつがモテていることを。あるいは恋愛以外の場面でも、なぜかあいつの支持者が多い。意見がぶつかると、あなたの味方だったはずの人々も、なぜかあいつの肩を持つ。

その理由は簡単だ。あなたが誰にでも優しい場合、周りの人間にはあなたに近づくメリットがないのだ。あなたの優しさは、あなたから遠くにいても手に入る。なんならあなたの敵であっても享受できる。だったら、誰がわざわざあなたに近づいてくるだろう?

それに対して、人が寄ってくる人間というのは、自己中心的な人間だ。えこひいきをする人間だ。第一には自分のニーズを満たすことを考えている。第二には身内・仲間への利益供与を考えている。そして残りの時間ではいかに敵を引き摺り下ろすかを考えている。

はっきりさせておこう。そういう人間がモテるのだ。なぜかというと、近くにいれば得をするからだ。八方美人のあなたよりずっと多くを近しい人間に与える。そのかわり、遠い人間には何も与えないし、むしろ害することが多い。この利益とか害とかは金銭的なものに限らない。時間とか、関心とか、感情とか、そういうものも有限な資源だ。それをだれにでもばらまくあなたには魅力がない。知っているか、結婚したら家族をないがしろにするタイプというのは、あなたのような「優しい」人間だということを。

生きていると嫌味な人間に多数遭遇するし、どうしてそいつらに恋人がいるのかと疑問に思うのはもっともだ。しかし、それはあなたが表面的な関係しか結んでいないからだ。そういう人たちの多くは、ひとたび「仲間」と認めた相手にはぐっと親切になる1。ましてや恋愛関係に至れば。そのことに気づいていないなら、人間の観察が足りない。

だからあなたは自己中心的にならなくてはならないのだ。世界は、あなたを中心に回っていて、親密な関係にあるごく少数の人間以外はすべて背景だと信じるのだ。だれかのストーリーの脇役になるのをやめるのだ。そうすることで、周りの人間はあなたに近づきたいと思うのだ。だって、そうしたほうが得だから。けっきょく、恋愛というのは特別に親密な関係を築くことだから、八方美人キャラは出番がない2

いや、あなたの気持ちはわかる。自己中心的になるのが怖いのでしょう。人から批判されるのが怖いのでしょう。拒絶を恐れているのでしょう。みんなから承認されないと死んでしまうのでしょう。だから誰にでも優しいのでしょう。――ねえ、それでモテると本気で思ってる?

「でも、」とあなたは言うかもしれない。「そんなことをしたら対人関係が悪化するじゃないか!」。ならばこう返さなければならない「そういうところだぞ」と。次の点に続く。

敵を作れないのは弱さだから

あなたはたぶん、全員ないしは大半の人から好かれるタイプだと自負している。なんならそのことにちょっとプライドを持っている。自分が優しくて、気遣いができるゆえの結果だと思っている。そう、そういうところなのだ。そういうところがモテないのだ!

あなたは、嫌われることを避けている。敵を作ることを恐れている。孤立したら生きていけないと思っている。――それらの態度は、すべて「弱さのシグナル」でしかないことに気づくべきだ。

あなたは、相手が嫌なやつでも怒ったりしない。無茶な要求をしてきても突っぱねることをしない。自分の守らないといけない範囲も譲歩してしまう。することといえば、せいぜいtwitterで愚痴るくらいだ。あなたはきっと、波風立てないのが大事だとか、譲歩するのは美徳だとか、そういう美辞麗句で自分の心をだましている。

気づいてほしい、それらはすべて、あなたが弱いということを示している。誰からも好かれるようにする戦略というのは、弱者の戦略だ。戦ったら勝てないから仲良くするのだ。野生動物の服従のしぐさに他ならない。そんなのでモテるわけはないではないか!

大事なことは、モテるためには強くある必要があり、かつそのことを示すシグナルを発信する必要があるということだ。シグナルというのは、クジャクの羽やら鹿の角と同じだ。

強い者は、自分の意見を主張することをためらわない。対立を恐れないから。強い者は、敵を作ることをためらわない。戦って勝つ自信があるから。さらに言えば、その強さを恐れて相手は敵にならないと踏んでいるから。そう、相手はあなたみたいな「優しい人間」だから。強い者は、時には味方を失うことも恐れない。また別に獲得できるとわかっているから。そういうのが強さだ3

不遜にふるまうのは、強さの「シグナル」効果を重視した振る舞いだ。しばしば店員とかの他人に態度が悪い人間がいて、なのにモテるとかなんとかの話しがあるが、それは横柄さが強さのシグナルだからだ。そうやって多少風波を立てることをしてもやっていけることは、強さを証明しているのだ。

けっきょく、モテるためには、そして恋愛関係に至るためには、ある程度波風を立てる必要があるのだ。人にアプローチすれば、嫌われることも拒絶されることもある。恋敵ができて対立するかもしれない。別れたら気まずくなる。コミュニティ中で相手を探せば出会い目的だと白い目で見られそうで心配だ。かといって出会い目的のコミュニティに飛び込む勇気はない。そんな、誰からも嫌われたくなくて、いい顔だけをしていたくて、他者からの評価にすがっているあなたは、モテるはずがないではないか。

「でも本当に強い人間はとても謙虚だって言うじゃないか!」とか言うかもしれない。これは一つには認知バイアスの働きである可能性が高い。もう一つには、それはさらに上級の戦略だから、あなたには無理だっていうことに気づく必要がある。

たとえば世界的に有名な億万長者が質素な生活をする。それは、「中途半端な成金とは違う」という逆説的な強さのシグナルだ。ふつうの金持ちは高級なものを身につけたりすることで強さのシグナルを送る。でも、振り切れた億万長者になると、「もはやそんなシグナルを送る必要もないほど有名な富豪だ」というメタなシグナルを送るのだ。ビルゲイツが四畳半に住んだら感心されるだろう。でもちょっとした金持ちが同じことをしたら庶民と間違われておしまいだ。ましてやあなたのような貧乏人が貧乏人っぽい生活をしたところで、名実ともにただの貧乏人でおしまいではないか。

それと同じで、あえて強さのシグナルを送らないで謙虚に生きるのは、メタな強さのシグナルだ。でも、なんでそれがメタなシグナルとして機能するかを考えてほしい。本当に一呼吸置いてよく考えてほしい。それは、そういう謙虚さがふつうなら弱さのシグナルであり、モテないシグナルであり、とても不利だからだ。だから真似してはいけない。


だから、優しいあなたはモテないのだ。万人に承認してもらうことを求めている限り、八方美人でいる限り、嫌われることを恐れている限り、対立を恐れている限り、あなたはずっとモテないままだ。そういう醜くて、不安にとらわれているあなたを直視する覚悟はあるか。あるなら、「優しい」なんていう都合のいい言葉で覆い隠すのをやめることだ。あなたは優しくなんかない。さあ、どうする。


  1. こういうのは道義的によいものではない。延長していった先には縁故主義ネポティズムがある。でも、世の中けっきょくのところそういうのばっかりではないか? 仲間になれば、ルールを曲げてでも便宜を図ってくれる。ニュースでは見るのに、身近な人間関係は違う力学で動いていると思うならなんてお花畑な考えかたをしているのだろう。めでたいからどうかそのままでいてほしい。モテないけど。あなたも少しくらいそういう経験をしたことがあるのではないか? 友達のよしみで何かの締め切りを延ばしてもらったりしたことはないか? ない? それはモテるモテない以前にだれかと仲間になることができていないということ……。

  2. これはなにも恋愛関係に限ったことではない。人を率いる立場一般にも当てはまることだ。誰にでも優しい人間は、リーダーたる資格がない。一番わかりやすい例は独裁者だろう。独裁者は好き勝手にやっているのではない。あれは、権力ピラミッドの頂上から転落しないように必死でバランスを取る無理ゲーだ。少しでも間違えれば革命でギロチンだ。側近を肥やさなくていけない。キーパーソンを懐柔しつつ、敵は消さなければならない。万人に優しい独裁者などいないのは、それがリーダーシップ失格だからだ。博愛主義とリーダーシップは両立できない。

  3. これは「空気を読めない」こととはまったく違う。以前に書いたので参照 qana.hatenablog.com