人生はチェックリストではない:「何事も経験」というまやかしと、パスする勇気

人生はチェックリストではない。アイテムを獲得、achievement unlocked、ステージ攻略、そういうゲームとは違う。なのに、人生をただチェックを埋めていくことを目的に生きているように見える人がたくさんいるように思う。自分もたぶんその一人だ。一度はあのレストランに行ってみる、一度はバンジージャンプをやってみる、一度は富士山に登っておく、一度はポケモンGOを遊んでおく。だってみんな行ってるから、やってるから、経験しているから。自分だけ取り残されたくない。チェックをいくつ埋められるかを人と競う。そういう生き方をしている人がとても多い。

チェックリストとしてしか人生を歩んでいけないのは、弱さの現われだ。何事も経験してみないとわからない? それはまやかしだ。そうやって次から次へと新手の「経験」をこしらえて、あなたの人生を新しいだけの空虚なイベントで埋め尽くそうとする陰謀だ。繁華街ではしょっちゅう新しい飲食店が開店するし、新しいガジェットは毎週発売されるし、コンビニは新商品に溢れている。そういうものに飛びつくのは、単にビジネスのカモになるという以上に、自らの人生に対する鑑識眼を持たないことを自白している。しかり、限られた数しかない選択肢なら一通り試してみるのもありだ。しかり、若いうち、自分のものの見方を確立するまでの間は手当たり次第に試してみるのもありだ。けれど、いい年になってなお、あっちの新商品、こっちのイベントと西へ東へ踊らされているのは見るに耐えない。それは無限に追加されるチェックリストだ。追いかけていっても終わりがない。そして気づけばあなたの短い人生は終わってしまう!

パスをする勇気を持ちなさい。自分の人生に筋を通せるのは自分だけだ。筋を通すというのは、何をやるかと同じくらい、何をパスするかで決まる。パスをするというのは、可能性を捨てること。可能性の中身すら知らないままに捨てること。でもときには知りえない山札を予想して、あえてパスを決断しなくてはいけない。そうしないと、人生はがらくたでいっぱいになる。

自分の価値基準を持つこと、それが大人の定義だ。ひとつの考え方に固執するとか、視野を狭く持つとか、そういうことではない。ただ、これはいらない、これは切望する、そういう判断を自分の人生という固有の文脈で下すことができること。そのために自分だけの価値基準を持つこと。それが、ひとつの人生の主人公として、人生に責任を持って生きていく道。一回限りの命を与えられた者の使命だ。