「国際人になりたい」のパラドックス

私はある時期「国際機関で働きたい」とか思っていた口だ。そうすることが、私に国を問わない自由なキャリアを与えると信じていたから。

ところが、これはまったく逆であることにあるとき気づいた。国際機関というのは、要するにNation Statesがその利害関係をめぐってぶつかりあう戦場なのだ。味方がいて、敵がいる。そこであなたは日本の旗を背負って、外交という場で戦う兵士にならなければならないのだ。ビジネスのためでもなく、学問のためでもなく、ただ国益のために。だって、国際機関というのは各国が金を出し合って作った闘技場なのだから。国のために尽くさなければならないのは他の公務員と一緒だが、違うのは他の国から、他の国の国益に仕えるために来ている人がいることだ。彼らと関わって、時に協力し、時に出し抜いて、相手の利益を減じてでも自分の利益を増やさなければならない。それはユートピア的に幻想している万国仲良くみたいな世界とはぜんぜん違う。誰よりもマキャベリを師にしないといけない立場になる。それはあなたの望んだ「国際性」だろうか?

似たようなパラドックス外資系企業でも生じる。英語ができるから外資系企業に入れば多国籍な仕事ができる、というのはだいたい間違いなのだ。英語ができることは前提条件で、それは雇われる理由ではない。あなたが雇われるのは、日本語ができ、日本社会で振舞うための文法に通じているからなのだ。それがあなたの強み。だから、仕事は日本の顧客を獲得し、接待し、本国との間でつなぐというものになる。日本のめんどくさい慣習から逃れられるどころか、むしろそういう慣習、たとえば上座下座とか、ビールの注ぎ方とか、そういう文化を知っていることが必要な場面ばかりに投入されるようになる。日本の将来が傾いたら、あなたの将来も傾く。そう、真に「グローバル感覚」で見たら日本文化はなんともエキゾチックな異国の文化なのだ。だから、そこをつなぐ大使としてあなたが必要とされるのだ。それだって、立派な国際性に違いない。でも、それはあなたが望んだ「国際性」だろうか?

ここにパラドックスがある。国際人になりたかったら、往々にして「国際的」ではないことをした方がいいのだ。国際的ではないというのは国内的であるということではなくて、無国籍的であり、地理的政治的文脈を持たず、世界のどこにいっても同じであるものを勉強するべきだということだ。けっきょく、自由なキャリアを獲得するにはほかの強みが必要だ。たとえば凄腕ITエンジニアなら、世界のどこに行っても雇ってもらえるし、それは技術的な強みで雇われるのであって、日本というルーツに縛られることはない。ほかの専門性でも、程度の差はあれどちゃんと磨けば世界に通用するものは多いだろう。それが、たしかなキャリアを築く方法。

そう考えると、「世界に出るには日本文化を知ることが大切。だからまずは英語で日本文化を説明できるように練習しましょう。日本の文学を読んで、歴史も知りましょう。知らずに世界に出たら恥ずかしい思いをしました。」というような言説の正体がわかってくる。それは、ほかに何も売り物がない人のための教訓なのだ。ほかに話すネタがないから、せめて自分の国のことくらい知っているだろうと相手もそういう話題を振ってくるのだ。中にはまれに日本に関心を持っている人もいるとはいえ、ほとんどの人にとっては日本のことなどどうでもいい。ちゃんと世界情勢がわかっているほうがよほど共通の話題ができる。そして何より、自分はこれなら語れるという専門性を持つほうがはるかに大事だ。それが本当に国際人になる道だ。

一方でこれは「英語よりも中身」という言説に与するわけでもない。端的に、両方やれということだ。英語は前提条件であって、欠けていたら話にならない。「英語よりもまず何を話すか」とか「英語よりもまずは日本語力」とか言う連中に中身があった試しがないし、日本語力や論理性が高かった試しもない。英語界隈はふざけた言説であふれている。たぶんカモがカネになるからなのだろう。英語さえ話せればバラ色の未来だと思うのは馬鹿げているし、話せなくてもなんとかなると思うのもまた馬鹿げている。そうあってほしいと思う気持ちはわからないでもないが、願望と現実は区別しなくてはならない。あなたに都合のよいことを言ってくる者は、あなたを食いものにしようとしているのだ。

世の中では、戦わなくてはいけないのだ。そしてそのためには武器が必要だ。ゆるふわな気持ちで出て行っても話にならない。何もできない子供のまま雇ってくれる新卒採用文化に慣れていると、このことを自覚しづらいかもしれない。けれど国際感覚のある人物を標榜するならちゃんと理解しなくてはいけない。あなたの武器は何で、あなたを雇うとどのようないいことがあるのか。それがはっきり言えるだろうか。もし言えるなら、きっと世界で通用するだろう。