環境を変えるべき時、環境を変えざるべき時

“Get out of your comfort zone"みたいなフレーズをよく聞きます。"You’re the average of five people around you"とかも有名です。環境を変えなさい、そうすれば自分が変われる。もっと輝く自分になれる。そんな希望を与え、現状にひたったまま腐っていくことを戒め、行動することをうながす言葉です。

こういうのはいわゆる「意識高い」人がよく使う言葉である、あるいはそう考えられているものだと思います。たとえば起業とかするような人たち、あるいは学生でさまざまな活動に手を出し、世界中に留学とかインターンとかに行くような人たちです。(個人的にはこういう人たちのことを揶揄する皮肉っぽい人たちには変なルサンチマンを感じるので距離をおきたいのですが)こういった「環境を変える」とか「新しい何かを始める」ことで「新しい私・成長した私になれる」という考え方はしばしば行き過ぎていると思います。

むしろ「人生には環境を変えて世界を広げるべき時と、逆に腰を据えてじっくり自分に向き合うべき時がある」のではないでしょうか。ときに変化を求めることを否定するつもりではないですが、自分の課題を分析もせずに変化ばかり追いかけているのはまずいということです。

なぜかというと、変化の快感を安易に摂取しすぎになるからです。そしてそうすることで簡単にキラキラできすぎるからです。ここで大事なのは、環境を変えるにせよ、新しいことをはじめるにせよ、その変化は外部的なもので、自分そのものは本質的に変わっていないことです。そうやって変化を外部に求めていると、往々にして自分の弱さから目を背けたままで済ませることができてしまいます。それはとてもきもちがいいことです。自分の醜いところはぜんぶ忘れてしまえます。環境の変化がもたらす非日常の感覚は快感にあふれ、いろいろな新しい経験を次々にするとエキサイティングな毎日が送れます。ついでにそれっぽい写真や文章をFacebookに投稿したら山ほどlikeがもらえるでしょう。

でもそうしているうちに、代わり映えのしない日常がだんだん色あせて感じられるようになり、やがて非日常の中毒になってしまいます。等身大の自分はたいして成長も変化もしてないから、非日常ドーピングをやめたとたんに弱くてかっこわるい自分を発見することになります。それがいやで、こわくて、生身の自分から逃げ出して、また変化や非日常の摂取に走って、輝かしい日々を見るのです。ただの悪循環。見ているものは蜃気楼でしかないのです。

ほんとうは、もっと見苦しくもがかないといけないのです。自分なんて何者でもなくて、ださくて、取替えてしまえる存在であることを認めないといけないのです。きらきらした毎日なんて幻想だということを認めないといけないのです。そして一歩一歩進んでいくしかないのです。そのためには、環境が変化しない、凪いだ湖面のような生活をして、見たくないところも含めて自分の姿を直視する必要があるのです。急に成長なんてできるわけないから、じっくり向き合わないといけません。

ひと夏で人は変わりません。何かのきっかけにはなるかもしれないけれど。ほんとうに充実した人生は何気ない日常、つまらない日々を一所懸命に生きることによってはじめて達成されるのです。たとえば大学生だったら、ふだん勉強することも考えることも放棄して、休みの海外旅行とか学生イベントで一回り大きな自分になった、とか言うのはいけません。非日常に依存してはいけません。一年には365日が与えられているのだから、そのすべてを活かすべきです。よく学び、よく遊び、よく休むのです。

そして、もしかっこよくてキラキラしたことと、そうじゃないことの二つがあるなら、キラキラしてないほうを選んだほうがいいのです。留学先にだれもが知っている有名大学と、日本じゃだれも知らない無名大学があって、でもあなたは実はどちらも同じくらいすばらしくて魅力的なところだと知っていたとします。そうしたら後者を選ぶべきです。そうすれば、輝くためには本当にがんばって自分が成長して何か成果を出さないといけません。でも、前者に行ったらそれだけでもう満足できてしまいます。

考えてください。あなたがしているその活動は10年後のあなたの肉となり骨となるものですか? それともいまキラキラごっこをするためのものですか? その仲間たちと10年後にも会ってますか? 留学して、それでレジュメに一行足せる以外に本当に価値のあるものを得ていますか? それとも、ただ逃げているだけではないですか?

もしそれで自信を持って価値のあることだと言えるなら、ぜひしてください。けっきょく、それはとても大事なことなのです。あるいは新しい環境に適応したり、新しいことをはじめるのが苦手なら、ぜひ挑戦してください。むしろ挑戦しないのは逃げです。それに、ときには環境を変えたほうが自分自身の新たな面がわかるというのもまた事実です。でも、もうそういうのは何回もしているし得意なのに、何かにとりつかれたように変化を摂取し続けて、非日常に頼った生活をしているなら、いっぺん人生を考え直したらどうでしょうか。