本気を出すこと

本気を出さない人がいる。そういう人は、だいたい忙しいふりをしている。いや、本当に忙しいのだろう。他のことが忙しいと言えば、ごまかせることを知っているのだろう。でも、本当は本気を出すのが怖いのだ。ある一つのことに全力で取り組んで、それが評価されなくて、報われなかったら怖いから。そういう生き方はいけない。傷つくことを恐れてはいけない。

本気でぶつかりなさい。もう言い訳ができないように。

最初から傷つくことを拒絶することは、強さではない。それは弱さだ。打たれ強くあることは、逃げることとは違う。たくさん血を流さなくてはいけない。そしてまた立ち上がるのだ。血まみれになっても、一矢報いなくてはいけない。そのためには、逃げ腰になってはいけない。言い訳だけ上達して何になろうというのか?

自らのださいところ、苦手なところ、及ばないところ、バカなところ、しょうもないところ、それを隠そうとしてはいけない。それは成長から遠ざかることだ。自らの仕事に自分の一部を注ぎ込むくらいがんばらなくてはいけない。少なくともその時点では納得のいくできばえにすること。後から見たらしょぼくてもいい。それは成長の証。なのに、はなから納得いくまで完成させず、最初から自虐して、最初から言い訳して、最初から謝って、それじゃあどうしようもない。

本気を出して、限界まで完成度を高めなさい。もし手を抜くことが要領の良さで、それが賢い生き抜き方だと勘違いしているなら、一生かかっても小賢しい人間にしかなれない。そんな人間としてあなたは死にたいのか、それとも一筋の光を放つ人間として死にたいのか。

神様への反抗

もう会うことのないであろう人にいきなり連絡を取って会ってみる。降りるはずのない駅で降りてみる。いつもの目的地の反対側の出口で駅を出る、自分の趣味じゃなかったはずの服を買ってみる。そうやって、神様が定めた因果の円環ではきっと起きなかったことをするのがちょびっと好きだ。予定された運命に抗うというには大げさすぎるけど、「神様、そう思うようにはさせないよ」と心の中でつぶやく。

そういう性質の面では一部の人がいわゆるナンパという行為に執着するのも同じかなと思い至る。よく、相手への征服感だとか言うが、それでは筋が通らない。だって、もしそれであればあんなにも関係性が早く特定の段階にまで達することにこだわる意味はないのではないか。相手を手に入れたいだけなら、その所要日数はそこまで関係ないだろう。

そうではなくて、彼らは運命を、神様を、征服したいのだと思う。自分の行動が、言葉が、意思が、それ抜きには生じ得なかった事象を劇的に生じせしめる力を持つことを確かめたいのだと思う。彼らは、自分の人生を、自分の手中に取り戻したい、あるいはせめて取り戻したように感じたいのだ。彼らは、愛を証明したいのではない。彼らの自由意志を証明したいのだ。

この世の中では、人は何かとレールに乗ってしか生きられない。受験にせよ、就職にせよそうだ。自分が自由に何かを願い、それを自分の力で達成する、それはひどく難しい。いつだって私たちは誰かに仕組まれた願いを持ち、誰かに仕組まれた努力をし、誰かに仕組まれた人生を生きる。とりわけどんどん情報量の増える現代の社会で、個人の運命は予測可能性の手中に収まろうとしている。あなたが何年生きるか、あなたがどんな商品を次に買うか、あなたが犯罪に手を染めるか。そんなことがわかってしまう。なんなら生まれてくる前からだって、あなたの知性がどこまで及ぶかが推定できてしまう。あなたの努力、あなたの意思があなたの人生に占める領土はどんどん脅かされるようになっている。

それは「何者にもなれない自分」という事実が、ますます重みを増してのしかかるということだ。言い訳は通用しない。何者かになりうる道は開かれている。なんならいますぐユーチューバーになればいい。でも、あなたも知っているように、あなたは何者にもなれない。私も何者にもなれない。可能性は閉ざされ、必然性だけが人生に横たわっている。身の程を知りなさい。そんな声が聞こえる。そうして、死ぬまでただ生き続けるしかない。絶望しながら。「死に至る病」を抱えながら。

だからせめて反乱を企てる。論理的必然性の連環から逃れようとする。過去や現在を踏まえて合理的に筋の通ることをしている限り、私たちは可能性を手にできない。それは、論理の機械であるコンピュータが本物の乱数を生成できないのと同じだ。だから合理性はこんなにも息苦しく感じるのだ。それは解を一意に定める呪いだから。合理性は自由意思の敵だ。だから人は酒を飲むのだ。合理性の呪縛から逃れるために。

いますぐ逃げ出そう。無計画に旅に出ることにしよう。電子機器も、地図も、時刻表もすべて投げ捨てて。およそ情報というものは、ことごとく合理性の手先だから。

過去から自由になること:自分の外にある自分

「自分」は自分の外にある。自分が何者であるかは、自分が持っている物、自分がいる場所、自分の人間関係、そういうものによって規定される。単に外からそういうふうに見られるというわけではない。自意識の上でも、全面的に影響されるのだ。自分とは、一つの身体の中に閉じたカタマリではなくて、自分とその周囲が総体として作り出す「場」に存在するものなのだ。

自分というのは一面的存在ではない。ある時点の自分は複数のコミュニティに属して複数の顔を持つし、また時間の経過とともに自分は変わっていく。親といたときの自分と、学校での自分、大学に進学してからの自分、就職してからの自分、あるいは自分の家庭を持ってからの親としての自分。さらには孫に対しての自分。75歳のあなたがいたとして、去年孫からもらったプレゼントと、20歳の時に恋人からもらったプレゼントがあったとする。どちらを身につけるかで、あなたの人物像、振る舞いそのものが変わってくるのではないだろうか。だから人はゲンを担ぐということをするのだ。何か重要な勝負に勝ったときに身につけていたものを、その後も事あるごとに身につけるのだ。その時の自分が現在に宿ると信じて。

そう、物には自分自身の一部が宿っている。それも、その物を使っていた時系列上の自分が。中学生のころから使っているポーチ、大学生のときにプレゼントしてもらってずっとつけている腕時計。新社会人のときにもらってそれ以来使っているペン。そういう物品には、当時の自分の残滓が付着している。それを使うたびに、当時の記憶が少し戻ってくる。ポジティブな意味づけができることもあれば、その逆もあるだろう。別れた恋人にもらったものは捨てるかどうかという論争はよく見かける。親の形見も同じようなものだろう。そこに表象されるのは恋人といた自分、親といた思い出、そしてそのころの記憶。

場所も記憶と密接に結びつく。駅の階段、交差点の風景、スーパーのにおい。街並みはしだいに変わっても、その場所の痕跡はそうそう消えるものではない。だから故郷に帰ってることが人にとって大きな意味を持つ。過去の場所は自分を当時に引き戻す。

人間関係もまた、自分の外の自分であり、現在と過去をつなぐものだ。人生の各ステージにおいて、人のつながりがある。そしてやがて離れる。80代の祖父母も、学校の同級生と会うときはまるで当時に戻ったかのように話をしていた。そう、他人との関係もまた、時間軸を持っている。あなたの過去と現在のあなたを結びつける。それだけではなく、他者の記憶にあるあなたと、現在他者の眼に映るあなたの間も結びつける。多層的な連関だ。

果ては形のない習慣によっても、やはり人は過去を映し出す。帰宅してからの風呂や食事や娯楽の順番、洗濯物のたたみ方、ノートの取り方。そして口癖の一つ一つ。そういうものはどこで身につけたものだろうか? 誰と、いつ? そのすべてが、あなたという人間を構成し、あなたをあなたの歴史と分かちがたくつないでいる。


そうやって、人が過去と結びついていることはかけがえのない価値を持つことがしばしばある。そうやってしか、自分を保てないことがある。特に、それは高齢になったときの命綱になってくる。

しかし問題は、人はときに変わらなくてはいけないことだ。特に若いときには過去の自分から離れて成長していかないといけないし、過去に何か乗り越えなくてはならないものを抱えているときはなおさらだ。そういうとき、持ち物、住む場所、人間関係、そして習慣や言葉を変えることが自分の変化を助けると思う。まだ使えても古いものは捨てるべきだ。あえて引っ越すべきだ。意識して新しいコミュニティに参加してみるべきだ。過去の自分から自由になるために。

ところが現代社会の問題は、いつまでもいつまでも他人と密につながっていられることだ。交通手段と通信手段の発展がそれを可能にしてしまった。過去の人間関係に浸っている限り、自分は過去に縛りつけられる。「大学デビュー」が可能だったのは、家族や旧友と離れて、過去からの他者の視線が遮断されるタイミングだったからだ。今はそれは難しい。たとえ会ったり写真を送ることがなかったとしても、テキストでやりとりしているだけで、内面化された過去の人間の視線が常に意識されて、自分のキャラクターを変えることは困難になる。

だから、ときにはきっぱりと次に進んだ方がいい。もちろん縁は保っておいた方がいいこともたくさんあるが、少なくともそれにどっぷりになってはいけない。新しい場所で新しい自分として新しい関係を築くべきだ。ときどき、新しい場所に移ったはずなのにうまく馴染めずに、過去の関係に逃避してそちらとばかり付き合う人がいる。慣れるまでしばらくはしょうがないこともあるかもしれないが、そういうのを続けるのは良くないことだ。


そして過去を離れ、自分を変えたいとき、実家暮らしは最悪だ。過去を映し出す大量の物があり、変わらない街にあり、そしてかつて一番大きな存在であった親がいて、自分はその子という立場に固定される。何も思わずに実家に暮らしていける人がいたとしたら、その人はそれまでの過去を全面的に肯定できている人であり、子どものころから精神性があまり入れ替わっていない人なのだと思う。きっと、過去を振り返ってもつらいことがあまりないのだろう。

そういう人は、時間性の強い人だ。現在に存在するだけではなくて、過去にも同時に存在している。さらに未来にも存在している。自分の幼少期、現在の自分、そして老年の自分が、全部一体つながって、その人をなしている。

私はそうはなれないから、実家を離れたし、昔から使っているものを捨て始めている。人間関係を派手に切ろうとは思わないが、こうやって新しいブログを作り、新しい自分を作っている。そうやって、過去から自分を自由にしたいと思っている。

What do they do here?

それほど長い期間ではないが、海外で辺境の村に滞在したことがある。かつて鉱物資源の採掘で栄えていた歴史は夢の跡。農業ができるような土地でもないし、かといって狩猟採集で自給自足生活をしているわけでもない。わずかな観光収入があるくらい。都市に出るまでは車で7時間。携帯電話の電波が入る村までも3時間くらいだろうか。ただ一本の道路も年の半分は雪に閉ざされ、小型飛行機が唯一の交通手段になる。そんな、辺境の中でもかなり隔絶された場所だった。

その村のはずれに、がらくたに囲まれた家があった。ヤードには廃車になったバスとか、古タイヤとか、ドラム缶とかが乱雑に積んであった。というか、家とガラクタの境界線がよくわからない、そんな散らかった住処に見えた。そこに一家族が住んでいた。ここで何をしているのだろう、と思って地元の同行者に"what do they do here?"と聞いた。返ってきた返事は"they live here"だった。何かがすとんと落ちた。

そう、人間にとって、生きること、暮らすことが先なのだ。どうやって稼ぐかはその後であって、何を稼業にしているかは何者であるかを規定するうえであまり重要でないし、そんなにすっぱり決まるわけでもない。

もちろん、これはそんなにいい話ではない。きびしい自然の中を自力で生き抜くのではない限り、けっきょく、生きていくのに金はかかる。ここでは人は少なからず福祉に依存して生きている。地下に眠る化石燃料と、遠くの都市の経済活動の恩恵に預かっているだけだ。そういう言い方をすると、私たちの「常識的」感覚からするとひどく情けない暮らしであるように思えてしまう。でも、そこに人の営みがあって、そこにひとつの生き方があるのだ。それを自分の持っている価値基準で評価することはひどくいけないことであるような気がした。

そこには、競争という考え方がないように見えた。「もっと」を求めていないようだった。どちらにせよ一つの商売は一軒しかない。どんなにがんばっても客が増えるわけでもない。村の住人は100人だか200人だかに限られるし、こんな辺鄙な場所までわざわざやってくる観光客の数だって増やせるものではない。だからほどほどでいいのだ。がんばっても、骨折り損になるだけだ。そういう価値観のようだった。そう、人々はともかく「生きて」いるのだ。それだけで、十分なのだ。

わたしは、わたしたちは、きっとそういう世界に生きることはないだろう。こちらの世の中では時間に追われ、競争に晒され、結果を残していかなければならない。べつに、あっちの世界にこそ本当の幸せがあるとか、そんな安易なことを言うつもりはない。そもそも、本当の幸せが何なのかなんてわかるわけがないではないか。ただ、広い世界で、人の生き方にはいろいろあるのだということを心に留めておきたいと思う。生きること。それはほかのすべてよりも先にある。どんなに失敗しても、敗北しても、職を失っても、なお生きていていいのだ。そう思うことで救われるときがきっとある。

「いい子」という呪い

以前、ほんの短期間保育園でボランティアをした。子どもをあやしているときに、ふと口をついた、「いい子だね」。

……どうして自分の口からその言葉を発してしまったのかわからなかった。「いい子」という言葉は嫌いだ。それは、呪いだから。

いい子、と言われるのは、おとなしくて、聞き分けがよくて、騒がなくて、そんなふるまいをする子どもだ。それは小さな子どもにとってきわめて抑制的なふるまいだ。放っておけば、叫ぶし、走るし、言うことなど聞かないのが子どもではないか。それをぐっと抑えこんだら、「いい子」とほめてもらえる。だからもっとがんばって抑えて、もっとおとなしくなろうとする。だって、自分はいい子なんだから。だって、自分はいい子じゃなきゃいけないのだから。だって、自分はいい子であるがゆえに愛されているのだから。いい子じゃなかったら、きっともう愛されないのだから。

「いい子」であることをほめることは、条件付でほめることだ。もちろん、ほめるという行為が条件性を抜きにしては成立しないから、それは仕方がないかもしれない。けれど、子どもに「いい子」と言うたびに、「わるい子」の存在を示唆していることを自覚しなくてはいけない。「いい子」とほめられる頻度が高いおとなしい子どもほど、自分が受け取る愛情の中で「条件付」の愛情が占める割合が高くなってくる。だからますますおとなしくする行動は強化され、さらに「いい子」になっていくサイクルに陥る。

いったんそのような「いい子症候群」にはまってしまうと、いかに愛されても、本当に愛されたように感じることができないのかもしれないと考えた。自分の存在と「よい行動」がいつも同時に存在するため、どちらを愛してくれているかがわからないからだ。かといって、そこから逸脱する勇気はない。だって、いままで受け取ってきたすべての愛情は条件付だったのかもしれないから。そしてその愛情を裏切れば、もう二度と省みてくれないかもしれないから。いい子である自分という仮面は、もう外せない。

そうやって、自分を殺すことを強いる呪いの言葉が「いい子」だとわたしは思う。だから、二度と口に出さないことに決めた。

「国際人になりたい」のパラドックス

私はある時期「国際機関で働きたい」とか思っていた口だ。そうすることが、私に国を問わない自由なキャリアを与えると信じていたから。

ところが、これはまったく逆であることにあるとき気づいた。国際機関というのは、要するにNation Statesがその利害関係をめぐってぶつかりあう戦場なのだ。味方がいて、敵がいる。そこであなたは日本の旗を背負って、外交という場で戦う兵士にならなければならないのだ。ビジネスのためでもなく、学問のためでもなく、ただ国益のために。だって、国際機関というのは各国が金を出し合って作った闘技場なのだから。国のために尽くさなければならないのは他の公務員と一緒だが、違うのは他の国から、他の国の国益に仕えるために来ている人がいることだ。彼らと関わって、時に協力し、時に出し抜いて、相手の利益を減じてでも自分の利益を増やさなければならない。それはユートピア的に幻想している万国仲良くみたいな世界とはぜんぜん違う。誰よりもマキャベリを師にしないといけない立場になる。それはあなたの望んだ「国際性」だろうか?

似たようなパラドックス外資系企業でも生じる。英語ができるから外資系企業に入れば多国籍な仕事ができる、というのはだいたい間違いなのだ。英語ができることは前提条件で、それは雇われる理由ではない。あなたが雇われるのは、日本語ができ、日本社会で振舞うための文法に通じているからなのだ。それがあなたの強み。だから、仕事は日本の顧客を獲得し、接待し、本国との間でつなぐというものになる。日本のめんどくさい慣習から逃れられるどころか、むしろそういう慣習、たとえば上座下座とか、ビールの注ぎ方とか、そういう文化を知っていることが必要な場面ばかりに投入されるようになる。日本の将来が傾いたら、あなたの将来も傾く。そう、真に「グローバル感覚」で見たら日本文化はなんともエキゾチックな異国の文化なのだ。だから、そこをつなぐ大使としてあなたが必要とされるのだ。それだって、立派な国際性に違いない。でも、それはあなたが望んだ「国際性」だろうか?

ここにパラドックスがある。国際人になりたかったら、往々にして「国際的」ではないことをした方がいいのだ。国際的ではないというのは国内的であるということではなくて、無国籍的であり、地理的政治的文脈を持たず、世界のどこにいっても同じであるものを勉強するべきだということだ。けっきょく、自由なキャリアを獲得するにはほかの強みが必要だ。たとえば凄腕ITエンジニアなら、世界のどこに行っても雇ってもらえるし、それは技術的な強みで雇われるのであって、日本というルーツに縛られることはない。ほかの専門性でも、程度の差はあれどちゃんと磨けば世界に通用するものは多いだろう。それが、たしかなキャリアを築く方法。

そう考えると、「世界に出るには日本文化を知ることが大切。だからまずは英語で日本文化を説明できるように練習しましょう。日本の文学を読んで、歴史も知りましょう。知らずに世界に出たら恥ずかしい思いをしました。」というような言説の正体がわかってくる。それは、ほかに何も売り物がない人のための教訓なのだ。ほかに話すネタがないから、せめて自分の国のことくらい知っているだろうと相手もそういう話題を振ってくるのだ。中にはまれに日本に関心を持っている人もいるとはいえ、ほとんどの人にとっては日本のことなどどうでもいい。ちゃんと世界情勢がわかっているほうがよほど共通の話題ができる。そして何より、自分はこれなら語れるという専門性を持つほうがはるかに大事だ。それが本当に国際人になる道だ。

一方でこれは「英語よりも中身」という言説に与するわけでもない。端的に、両方やれということだ。英語は前提条件であって、欠けていたら話にならない。「英語よりもまず何を話すか」とか「英語よりもまずは日本語力」とか言う連中に中身があった試しがないし、日本語力や論理性が高かった試しもない。英語界隈はふざけた言説であふれている。たぶんカモがカネになるからなのだろう。英語さえ話せればバラ色の未来だと思うのは馬鹿げているし、話せなくてもなんとかなると思うのもまた馬鹿げている。そうあってほしいと思う気持ちはわからないでもないが、願望と現実は区別しなくてはならない。あなたに都合のよいことを言ってくる者は、あなたを食いものにしようとしているのだ。

世の中では、戦わなくてはいけないのだ。そしてそのためには武器が必要だ。ゆるふわな気持ちで出て行っても話にならない。何もできない子供のまま雇ってくれる新卒採用文化に慣れていると、このことを自覚しづらいかもしれない。けれど国際感覚のある人物を標榜するならちゃんと理解しなくてはいけない。あなたの武器は何で、あなたを雇うとどのようないいことがあるのか。それがはっきり言えるだろうか。もし言えるなら、きっと世界で通用するだろう。

分断された世界

アクティブに学生の活動をいろいろしていて、SNSを活用していると、世間は狭いなと思う瞬間がたびたび訪れる。友達の友達は友達、つながってる現象。大学を超えて、国を超えて、予測を超えて、びっくりするほどいろいろなところでつながっている。でもこれは、「そういう人たち」のネットワークが所詮とても限られているから起きる現象だ。別に本当に資本家のすごいところの話をしているわけではない。大学生程度だとそういう社会階層は案外重要ではないように見受けられる。そうじゃなくて、日本であっても、他の国であっても、わりと有名な大学に行っていて、勉強をけっこうまじめにしていて、短期でも長期でも留学とかしていて、そしてある種意識の高めの活動をしている。アルバイトはあまりしないで、ただ遊ぶだけのことにかまけていることもなく、もう少し社会的に体裁がいいことをして充実している。そういう人はたくさんいそうで、実は本当に少ない。まずそういう学生が所属する大学というだけでもたぶん全大学生の10%くらいに絞られるだろう。それで、その大学のうちでもさらに5%あるいはもっと少ない割合の学生しかそういうグループには属さないと思う。いまの日本の大学生が280万人くらいだから、これだけで14000人しかいないことになる。そりゃあ狭いわけだ! そしてこういう層は往々にして海外ともつながっていて、海外の学生事情も私の知る限りそう大きくは変わらない(「欧米では大学生は全員まじめに勉強している」とかは幻想だ)から、世界で見てもそう多くはない。

けっきょく、「世の中狭い!」と思うとき、それは自分がいかに閉じたコミュニティにいるかが示されているだけなのだ。一見すると開いているように見える。だって、違う大学どころか違う国の人たちともどんどんつながっているのだから。たしかに、よそと交流のない内輪な遊び系のサークル活動で数十人とだけかかわって、そしてバイト先でまた数十人知っていて、みたいな人よりも、開いている世界にいることは間違いない。でも、どっちにしろけっきょくは閉じているのだ。ただその閉じ方が、単一の組織とか単一の場所に規定されているか、それよりも抽象的な価値観や生き方、そして間接的には生い立ちの環境、あるいは嫌な言い方をすれば社会階層に規定されているかの違いだ。昨日はFacebookでフランスに留学している友人の写真にlikeをつけて、今日は三年前にシアトルで知り合ったシンガポール人が日本に来ているので会って。そんなこと当たり前だと思ってしまう。異国の地でもこうやってつながっていられるのは、もう当たり前のこと。

でも、そうやって世界をつながりが覆ったとき、隣人との関係には分断が横たわっている。同じ大学生でも、こういうことに縁のない人たちはどこまでも遠い存在になってくる。大阪とか京都にいるだけで、東京を中心に発達しているこういう人たちのコミュニティから若干距離ができるのに、他の地方大学だったら、それこそもっと縁がない。そういえば東北大の人とか、この界隈で知り合ったことがあるだろうか? そして、偏差値で大学を分けるのはとてもいやなことだが、でも偏差値が低い大学に行く人からの距離はどういうわけか本当に遠い。まれにはそれでも関わってくる人はいるが、でも本当に少ない。さらに大学に進学しない・できない人からの距離はもう絶望的に遠い。

かつて、地域活動を行うNPOに関わっていたことがある。地域ベースなのでいろいろな大学とか短大の学生、あるいは高校生がいたが、そこではMARCHで圧倒的に「高学歴」(あえて誤用)だった。いま私がいる界隈ではMARCHですら存在感は早慶と比べて極めて薄い。正直、大学の偏差値なんてどうでもいいと思っている。所詮入試の話であって、いまこうやって受験産業が作り出した用語を並べるだけでも寒気がするくらいだ。でも、自分の周りを見渡すと偏差値ですぱっと切れているのが目に付いてしまう。そして高卒で働き始める人がどういう仕事について、どういう将来があるのか、どういうことを考えて日々を生きていくのか、もう想像できなくなってしまった。あのころ、一緒に関わっていたはずなのに。そうやって、日常で道ですれ違う人とですら、どこまでも分断されている。「つながる」ことは、その裏返しでしかない。